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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第67話 絶体絶命

「くく、ウツロ……これからわしは、いったい何をすると思う(・・・・・・・)?」


 山犬・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)は、その大きな手をゆっくりと(にぎ)りしめた。


「あああああっ!」


 体を圧迫(あっぱく)され、真田龍子(さなだ りょうこ)は苦しみに絶叫(ぜっきょう)した。


「ああっ、真田さんっ!」


「お師匠様(ししょうさま)っ、おやめくださいっ!」


 ウツロもアクタも(さけ)んだ。


「ふふ、ウツロ。お前、この女に()れただろ? 気づかないとでも思ったのか? こいつのことを考えていると体がムラムラする、そうだろう?」


「う……」


「こいつをいま、お前の目の前で()()きにしてやったら、さぞ面白いだろうなあ?」


 (こぶし)の中で(もだ)(くる)しむ少女の姿に、山犬は下卑(げび)た表情で舌をなめた。


「あっ……があああああっ!」


 似嵐鏡月はなおも、真田龍子を手の中で(もてあそ)ぶ。


 そのたびに彼女の顔は、痛みのあまり苦悶(くもん)にゆがんだ。


「あはは、楽しいなあ、お前で遊ぶのは。弟を苦しめる邪悪な姉め。その痛みを刻みこんでくれる。ゆっくり、たっぷりとな」


「あ……あ……」


 蹂躙(じゅうりん)()ぐ蹂躙によって、真田龍子はもう限界だった。


 大きな親指に頭をもたげ、いまにも事切(ことき)れてしまいそうだ。


「や……やめ……もう……」


 ウツロとてもう限界だった。


 似嵐鏡月からの指摘、真田龍子を愛している――


 そうだ、そのとおりだ。


 認める、そうなんだ。


 俺は彼女を、真田さんを愛しているんだ……


 ()しくもではあるが、この陵辱劇(りょうじょくげき)によって、ウツロはやっとその事実を認識したのだ。


 だからこそ、その愛した相手・真田龍子が、このような(はずかし)めをこれ以上与えられるのは()えられない、とうてい――


 もう破れかぶれだ。


 このときウツロは理屈ではなく、彼としては珍しく、本能のおもむくままに行動した。


「うっ……うおおおおおっ……!」


「ああん?」


 まさしく体当たり――


 それをウツロは、自分を呪う「愛する存在」へ向け、(おこな)おうとした。


「寄るな、毒虫っ!」


「ぐおっ!?」


 しかし突進してきた彼を、山犬はその大きな足で、軽々(かるがる)()()げた。


 ウツロはくるくると回転しながら、地面を転がった。


「ウツロっ! なんてことを、お師匠様……!」


「ふん、『ゴミ』は黙ってろ。お前には何もできん」


 アクタの気づかいも、似嵐鏡月はためらわず、はねのけた。


「うっ……ぐっ……ううっ……うううううっ……」


 あまりのショックに、ウツロはすっかり打ちひしがれて、その場にうずくまってしまった。


 無力だ、あまりにも。


 俺には、何もできない。


 愛する人が、真田さんが目の前で、苦しみ(あえ)いでいるというのに。


 助けてもやれない、何もしてやれない。


 無力だ、俺は、俺は……


「あはは、楽しいなあ。ウツロ、お前をいじめるのは。自分は無力だ、そう考えているのだろう? そのとおりだな。愛する女のひとりもお前は守れんのだ。あまりにも無力、ああ、悲劇的だなあ」


「う……ぐ……ぐううううう……」


「ふん、苦しいか? 自分の矮小(わいしょう)さあまって? 頭がおかしくなりそうだろ? なってしまえ。そのままこの場で、壊れてしまえ!」


 形容しがたい暴虐(ぼうぎゃく)


 こんな仕打ちが果たして許されるのか?


 ウツロに地獄の苦しみを与えているのは誰あろう、血のつながった『実の父親』なのだ。

 

「……お師匠様……もう……おやめください……」


 アクタはひたすら制止を試みる。


 無理だとわかっていても――


 もはや、この狂った山犬を、自分たちを憎悪(ぞうお)する「父」を止められるのは、「俺」しか残っていないのだ。


「黙れと言っておろうが、『ゴミ』め。貴様もウツロと同じ、無力な存在よ。弟が発狂するところを、指でも(くわ)えて見ているがいい。そのあとはひとおもいに、仲良く殺してやる」


「う……」


 苦しかった、アクタは苦しかった。


 つらい、死ぬほどつらい。


 だがそれはウツロだって、いや、ウツロのほうが、ずっとつらいはずだ。


 こんなに憎まれて、その存在を否定されて――


 俺しかいない、やれるのは俺しかいない。


 もう俺しか、ウツロを守れるのは、俺しか――


「う……う……」


「ウツロ、そのかっこう、最高の構図だぞ? 醜い毒虫、おぞましいその存在にふさわしい最期だ、実にな。アクタよ、お前も災難(さいなん)だな。バカな弟を持って(・・・・・・・・)……!」


 アクタの中で、何かが切れた。


 こんなやつに?


 こんなやつに俺らは?


 いや、俺なんかどうでもいい。


 ウツロが、俺の弟が、こんな侮辱を受けている……


 もう、後先(あとさき)なんかどうでもいい。


 俺は守る、ウツロを守る、弟を、守る――!


「ウツロ」


 アクタの(つぶや)きに、うずくまっていたウツロは、嗚咽(おえつ)(おさ)えながら、声のするほうに首を(かたむ)けた。


「……お前は……何がなんでも……生きろ……!」


 ウツロははじめ、言っているその意味がわからなかった。


 だが、決然とした面持(おもも)ちで立ち上がるアクタに、その覚悟を背負った姿に、胸騒(むなさわ)ぎがわき起こった。


 おそろしい、何かとんでもなくおそろしいことが起ころうとしている、その前触(まえぶ)れを感じたのだ。


 アクタは凛然(りんぜん)と立ち上がり、そびやかすその肩で、大見得(おおみえ)を切った――


「……俺が相手だ、クソ親父(・・・・)……!」


(『第68話 兄として――』へ続く)

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