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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第66話 イージス

「イージス……!」


 山犬(やまいぬ)似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の大きな手の中から、緑色のまばゆい光があふれ出た。


「なっ、なんだと!?」


 内側から(ふく)らんでくる感覚に、彼は()えきれず、その手を開いた。


虎太郎(こたろう)っ!」


 真田龍子(さなだ りょうこ)(さけ)(ごえ)に応じるように、山犬の(にぎ)(こぶし)の中から出現したのは、緑色の球体(きゅうたい)(つつ)まれた真田虎太郎(さなだ こたろう)だった。


「……あれが、虎太郎くんのアルトラ……」


 ウツロは呆然(ぼうぜん)として、その光球(こうきゅう)を見つめた。


 光をまとうその姿は、彼に神仏(しんぶつ)の降臨を想起させた。


「やったぜ、虎太郎!」


「虎太郎くん、早く逃げて!」


 南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)は、とりあえず似嵐鏡月から距離を取るべきだと、真田虎太郎を差し向けた。


「ふん、させるかっ!」


 山犬は(ちゅう)()かぶ真田虎太郎を(つか)もうとした。


「うおっ!?」


 しかし光球はまるで磁石の反発のように、ひょいとその手を(のが)れ、(わき)死角(しかく)()れる。


「ぐぬっ、こしゃくな!」


 似嵐鏡月は必死になって光る球をなんとか掴もうとするが、一事(いちじ)万事(ばんじ)で、いっこうに(とら)えることはかなわない。


「す、すごい……」


 ウツロはその光景に、今度は弁慶(べんけい)をかく(らん)する牛若丸(うしわかまる)を思い起こした。


「ふう、ふうっ……なんと、生意気な……このわしを、馬鹿にしくさって……もういい……! ほかの誰かを(しち)にとって――」


「させません! イージスっ!」


「おっ、おお!?」


 ウツロは自分の体が、真田虎太郎と同じ、緑色の光球に包まれたことにびっくりした。


「うおっ!? こいつは……!?」


 ウツロだけではない、アクタも――


 いや、真田龍子、星川雅、南柾樹――


 (いか)(くる)った山犬以外のすべて、その場にいる者が、やはり緑色の光に包まれたのだ。


「これは、この光は……なんだか、温かい……」


「ウツロの言うとおりだ……なんだか、この中にいると……体が、楽になってくるような……」


 ウツロとアクタは驚きとともに、この光がすなわち、この能力を使う真田虎太郎の、やさしい心の投影なのではないか――


 そんなことを考えた。


「ぐ、ぬう……おのれ、ガキがあああああ……!」


 似嵐鏡月はハラワタが()えくり(かえ)った。


「貴様っ、許さん!」


 性懲(しょうこ)りもなく、また真田虎太郎に攻撃をしかける、しかし――


「うぐっ――!」


 やはりその手は、彼を掴むことはできない。


「おーい、おっさん! えらく間抜(まぬ)けだな! まるでひとりでダンスでもしてるみてえだぜ!?」


「くすくす、叔父様(おじさま)! いまのあなた、バカ丸出しだよ? あはっ、おかしい!」


 南柾樹と星川雅は(たけ)った山犬をさらに挑発した。


「ぬぐっ……ぬうううううっ……!」


 似嵐鏡月はいよいよ激昂(げきこう)して、顔いっぱいに脂汗(あぶらあせ)を浮かべている。


「似嵐さん、お願いです! 降参してください! これ以上の争いは無意味です!」


 真田虎太郎は中学生とは思えない態度で、紳士的な提案をした。


「ぐう、ガキが……なめくさりおって……降参など、誰がするものか……!」


 似嵐鏡月に折れる意思はない。


「お願いします! もうこれ以上、みんなを傷つけるのはやめてください!」


 真田虎太郎はさらに食い下がる。


「ふん、貴様のようなガキのいうことなど聞くものかよ……!」


 そう()えながらも似嵐鏡月は懸命(けんめい)に考えていた。


 何か、何かあるはずだ……


 このアルトラを、このガキの力を(やぶ)る方法が……


 そのとき――


「――!?」


 真田虎太郎たちを守る緑色の光球――


 その光り具合が、心なしか弱くなってきている――


 似嵐鏡月はそれに気づいた。


「ははあ、なるほどな……」


 山犬の顔が再び下品にゆがんだ。


「これは……!?」


「なんだ、光が……弱まってきてるぞ……!?」


 ウツロとアクタも遅れてそれに気がついた。


「はあ……はあっ……」


 いつの()にか真田虎太郎の呼吸は、ひどく(あら)くなってきている。


 思ったとおり――


 似嵐鏡月はニヤリと笑った。


「ふふふ、虎太郎くん! そのアルトラは、けっこうなパワーを使うのではないかね? 何せ自分だけでなく……ほかに五人も、その力をかけているのだからな」


「む……」


 似嵐鏡月の指摘は図星だった。


 これは暗黙(あんもく)了解(りょうかい)であるが、アルトラのパワーとはイコール精神力――


 まだ年齢の若い虎太郎には、この強い力を百パーセント自分のものにするところまでには、到達(とうたつ)できていなかった――


「くく、どうやら君は、そもそもその能力を完全に使いこなせるところまでは、いっていないのではないかね? うーん?」


 またも図星をつかれ、真田虎太郎はますます(あせ)った。


「ぬっ……むうーん!」


 彼はがんばって力を()(しぼ)り、光球は再び大きくなった。


 だが悲しいかな、それはやはり()焼刃(やきば)にすぎなかった。


「ううっ……」


「虎太郎っ!」


 姉・龍子が叫ぶ中、緑色の光は急激にその(かがや)きを失っていった。


「うっ……くう……」


「虎太郎っ! もういい! もうやめてっ!」


 真田龍子のかけ(ごえ)もむなしく、ついに光は消え失せてしまった。


 真田虎太郎はゆっくりと地面に降り、そのまま大地に(たお)れこむ。


 弟の窮地(きゅうち)に、姉は無我夢中(むがむちゅう)()()った。


「真田さんっ!」


 今度はウツロが叫んだ。


 似嵐鏡月が次に取るであろう行動――


 そのおそろしい映像が、頭をよぎったからだ。


「虎太郎っ、しっかり!」


「おおっと」


「きゃっ!?」


 ウツロの予見は、しかして当たった。


 弟に駆け寄る姉の体を、山犬の大きな手が掴み取ったのだ。


「龍子っ!」


「やろうっ!」


 星川雅はゴーゴン・ヘッドの髪の毛をしゅるしゅると伸ばした。


 南柾樹もまた、サイクロプスの巨体で似嵐鏡月を止めようとした、だが――


「おおっと、動くなよお前ら? 少しでも動けばこの女が肉の(かたまり)になるぞ?」


 およそ考えうるもっとも卑怯(ひきょう)な手段を、似嵐鏡月は取った。


「ぐっ……」


「恥を知りなさい、叔父様……!」


 二人はどうすることもできず、ただ歯を食いしばるしかなかった。


「ふん、何とでも言え。さあ、武装解除(ぶそうかいじょ)だ。二人ともアルトラを解いて、元の姿に戻ってもらおうか?」


「……」


 星川雅と南柾樹の姿が人間のそれへ戻っていく。


 (くや)しいが、こんな状況では応じるしかなかった。


「ふはは! なかなかいい気分だな! さてと――」


 山犬は真田龍子を掴んでいないほうの手を、ゆっくりと振りかぶって、力をこめた。


「ぐあっ!?」


「ぎゃっ!?」


 その手は続けざまに、南雅樹と星川雅の体を遠くへ吹き飛ばした。


 桜の大木に打ちつけられ、二人は気を失ってしまった。


「柾樹っ! 雅っ!」


「お師匠様っ! 何ということを!」


 ウツロとアクタは絶叫した、が――


 当然のごとく、似嵐鏡月は()(かい)していない。


「ふん、雑魚(ざこ)どもが。青二才(あおにさい)分際(ぶんざい)で、わしに歯向かうからこうなる。当然の(むく)いよ」


 山犬は真田龍子を握りしめたまま、傲然(ごうぜん)としている。


「さて、ウツロよ、わしはこれから、いったい何をすると思うね?」


 漆黒(しっこく)の山犬が、下劣(げれつ)な顔で舌なめずりをした――


(『第67話 絶体絶命』へ続く)

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