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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第65話 招かれざる客

虎太郎(こたろう)……!」


 真田虎太郎(さなだ こたろう)――


 弟の場違いすぎる登場に、姉・龍子(りょうこ)(うめ)くような声を上げた。


「なん、で……虎太郎が、ここに……?」


 南柾樹(みなみ まさき)も振り返った状態で、その意味がわからず混乱した。


「ああ、たいへん……あの『メモ』だわ……わたし、なんてことを……」


 星川雅(ほしかわ みやび)は思い出した。


 ウツロを(もてあそ)ぶため、たわむれに書いた「()()き」のことを。


 それがまさか、こんな最悪の事態を(まね)くなんて……


 実際に彼、虎太郎はそのメモを見て、姉たちのあとを追う形で、ここ人首山(しとかべやま)にやってきた。


 しかしそれは、やはり最悪のタイミングで、だった――


 柾樹の巨体と雅の髪の毛が、自分を拘束(こうそく)するその力が明らかに(ゆる)んできたのを、似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)見逃(みのが)さなかった。


「ぬうん!」


「うがっ――!?」


 油断していた柾樹の体を、彼は勢いよく押しのけた。


「柾樹っ!」


「お前もこうだ、雅っ!」


 (から)()られていたのを逆に利用し、髪の毛を(つか)んで振り回して、桜の大木(たいぼく)(たた)きつけた。


「きゃあっ!」


 星川雅は背中をしたたかに打ち、木の下に転げ落ちる。


「柾樹、雅っ!」


 真田龍子が叫んでいる間にも、似嵐鏡月はおよそ考えうる最悪の行動に出た。


「わあっ!」


 自由を得た(すき)に、真田虎太郎のもとまでダッシュし、あろうことか人質(ひとじち)に取ったのだ。


「うぐぐ……」


 山犬の大きな手が、小柄(こがら)な虎太郎の体を(にぎ)り、()めつける。


「虎太郎っ! やめて、似嵐さんっ!」


 助けを()う真田龍子の顔は絶望に(ゆが)んでいる。


「そうはいかんな、お(じょう)ちゃん。しかし、ふふ……どうだ? わしの言ったとおりだろ? お前の存在は、真田龍子……弟を不幸にすると。くく、くくっ」


「あ……あ……」


 彼女は絶望のあまり、地面にへたりこんでしまった。


「うぬぬ……」


 相変わらず握りしめてくる手に、真田虎太郎は苦しそうにしている。


「虎太郎くん、君も不幸だな、(おろ)かな姉を持って。なんだか同情を禁じえないよ。まあ、方便(ほうべん)だがなあ」


 似嵐鏡月の卑怯(ひきょう)きわまる仕打ち。


 しかし真田虎太郎は、その大きな目をカッと見開いた。


「……姉さんに、謝ってください……!」


 こんな状況で弟は姉を擁護(ようご)してみせた。


 その態度に山犬は(つら)をしかめた。


「なんだ貴様、姉を守ろうというのか? 貴様のような何の力も持たぬガキが? 虎太郎くん、わしは知っているのだぞ? 君の姉がかつて、君にどんな仕打ちをしたのかをな。それでも君は姉を守るというのか?」


 似嵐鏡月は自分と虎太郎を(かさ)()わせた。


 それゆえ、姉を助けようとする弟の心理がまったく理解できない。


 その発露(はつろ)としての言動だった。


「……謝って、ください……!」


 真田虎太郎の意志はいっこうにブレない。


 山犬・鏡月はますます腹立たしくなった。


「なぜだ、なぜ姉を守る……!? お前を死に追いやろうとした、にっくき姉だぞ……!? そんな者を助ける価値など――」


「謝ってくださああああいっ!」


 弟は丸く開いた目を血走(ちばし)らせて絶叫(ぜっきょう)した。


 そして「もうひとりの弟」はついにブチ切れた。


「ならば、こうしてくれるわあっ!」


「虎太郎おおおおおっ!」


 ああ、真田虎太郎は山犬の(こぶし)の中に消え失せた。


「あ……」


 ショックのあまり姉・龍子は、呼吸のしかたも忘れそうになった。


 やっぱり自分は、この男の言うとおり、弟を不幸にする存在……


 真田龍子はわき上がる自責(じせき)の念に、思考が吹っ飛ぶ寸前(すんぜん)だ。


 しかし、そのとき――


「ああ、あれを見て……!」


 満身創痍(まんしんそうい)で事の成り行きを見守っていた星川雅が、山犬の手を指差しながら叫んだ。


 似嵐鏡月の拳が緑色のまばゆい光に包まれている。


「あれはまさか、虎太郎のアルトラ……!」


 南柾樹も驚いてそれを凝視(ぎょうし)した。


 緑色の光は、ついに山犬の(にぎ)(こぶし)からあふれ出た――


「イージス……!」


(『第66話 イージス』へ続く)

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