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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第51話 ブラック・ドッグ

「これがわしの、ブラック・ドッグだ……!」


 似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の体が、山のように盛り上がった。


「お師匠様(ししょうさま)……」


「なんて、ことだ……」


 ウツロとアクタは言葉を失いかけた。


「どうだ? アクタ、ウツロ。これがお前の父の、お前たちの人生を(うば)った者の、その正体(しょうたい)だ」


 山犬(やまいぬ)――


 彼の姿は漆黒(しっこく)の巨大な山犬となった。


 白い(きば)をむき、その目は爛々(らんらん)と光っている。


 二人はすっかり気が動転(どうてん)してしまった。


「はん! まさか叔父様(おじさま)までアルトラ使いだったとはね。まあ、(みにく)いこと! 子どもの人生を平気で()みにじる、そんな親にはぴったりだよね!」


「それは(みやび)、自分の母のことを言っているのではないかね?」


「――っ!」


 星川雅(ほしかわ みやび)は指摘の裏をかかれ、言葉に()まった。


「ほら、何も言い返せんだろ? われらは同じ穴のムジナよ。いや、ひいては人間……人間の存在とは、そういうものなのだ。人間の存在は、間違っているのだ」


「……ずいぶん人間が嫌いなんだね。だから人間を傷つけるのが得意なんだ? あなただって人間じゃん? バカなの? そんなに人間が嫌いなら、まず自分が死んだらよくない?」


 星川雅は最大級の毒を吐いたつもりだった。


「なっ……」


 笑っている、似嵐鏡月は――


 その()けた口を不気味にゆがませて。


 こんなことを言われて、どうして笑えるのか?


 彼女は得体(えたい)の知れない恐怖を覚えた。


「ああ、もちろん、そのつもりさ(・・・・・・)。ただ、本懐(ほんかい)()げることができてからの話だがな」


「本懐って、なんのことよ……?」


 星川雅はおそるおそる聞いた。


「この世から人間を駆逐(くちく)する」


 何を言っているんだ?


 頭は大丈夫なのか?


 人間を駆逐するだって?


 正気(しょうき)じゃない。


 いったいどういうことだ?


 その意味するところがわからず、理性的な彼女ですら混乱した。


「人間の存在は間違っている、だから駆逐する。単純明快(たんじゅんめいかい)、それだけだ」


 牙の隙間(すきま)からよだれを()らしながら、似嵐鏡月は答えた。


「なんで……」


「ああ?」


「なんでそんなに、人間が(にく)いんですか? 似嵐さん……」


 真田龍子(さなだ りょうこ)――


 (だま)って聞いていた彼女が、狂気の山犬にそう問いかけた。


「憎い、か。それは違うな、お(じょう)ちゃん。憎いのではない。宇宙の真理に照らして、人間の存在は間違っている。そう言っているのだ」


 似嵐鏡月はどこか遠い目をした。


「あれは……まだわしが、ガキの時分(じぶん)のことだ……」


(『第52話 毒虫(どくむし)鏡月(きょうげつ)』へ続く)

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