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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第49話 兄弟

「見ないで……龍子(りょうこ)柾樹(まさき)……」


 少女の顔が、悲しみにゆがんだ――


 ウツロとアクタを()らえる(かみ)の力が(ゆる)む。


 星川雅(ほしかわ みやび)は糸が切れたように、その場へ(ひざ)を落とした。


「雅っ、しっかりして!」


「来ないで、龍子……わたし、わたし……」


 真田龍子(さなだ りょうこ)()()るが、星川雅は拒絶(きょぜつ)の言葉を()く。


 いっぽう南柾樹(みなみ まさき)は、ウツロとアクタのほうへ駆けつけた。


「おいっ、お前らも大丈夫か!?」


「柾樹、すまない……」


「ウツロ、この人たちは……?」


 当然ながらアクタのほうは、状況(じょうきょう)がのみこめない。


 彼はいぶかり気味(ぎみ)にウツロへたずねた。


「アクタと別れたあと、俺をかくまってくれた人たちなんだ。手当てを受けて、食事までご馳走(ちそう)してくれたんだよ」


 アクタは言葉に()まった。


 ウツロを助けてくれた人たちだったとは……


 知らなかったとはいえ、(うたが)ってしまった自分が()ずかしかった。


「……そう、だったのか。すまない、その、マサキさん」


「『柾樹』でいいって。それよりお前らのほうが心配だ。あんたがアクタさん、でいいんだよな?」


「『アクタ』でかまわない。俺は大丈夫だから、ウツロを頼む」


「待ってろ、すぐに治療(ちりょう)できるところへ運んでやる。あ――」


 南柾樹にはためらいがあった。


 だが今後のことを考えれば、いまはっきりさせておかなければならない。


 彼はたとえ(おに)と呼ばれようともと、腹をくくった。


「……お前たち、その……兄弟、なんだってな……」


「――!」


 ウツロとアクタはびっくりした。


 なぜこの場にいなかった彼が、そのことを知っているのか?


「柾樹……どうして、それを……」


 ウツロがおそるおそる聞く。


「すまねえ、雅が発信機(はっしんき)を持ってたんだ。で、受信機(じゅしんき)のほうはこっちにあったってわけ。わりいとは思いながら、ぜんぶ聞いちまった。ごめん、(あやま)る」


 事実を()べ、彼は正直な気持ちから、二人に頭を下げた。


「いや、とんでもない。事情(じじょう)が事情だからな、しかたないさ。むしろ礼を言いたいんだ、マサキ」


 アクタは座った体勢(たいせい)から、(うやうや)しく地面に両手をついた。


「おい、よせって! なにやってんだよ!? 俺らは(こと)()りゆきを全部盗聴(とうちょう)してたんだぜ!? 非難(ひなん)されこそすれ、礼なんて言われるいわれなんてねえ! 体に(ひび)くから、頭を上げてくれよ!」


「いや、こうさせてくれ。ウツロが世話(せわ)になったようだ。守ってくれて、ありがとう……」


 痛む体をおして、アクタはさらに深々(ふかぶか)(こうべ)()れる。


「アクタ……」


 南柾樹は複雑(ふくざつ)な気持ちだった。


 彼はまた言おうか言うまいか(まよ)った。


 だがここで自分が逃げては、アクタの矜持(きょうじ)侮辱(ぶじょく)することになる。


 やるしかない――


 そう、心に決めた。


「……こんなこと、言っていいのかわかんねえけど……お前ら、いい兄弟だぜ? アクタ……あんた、最高の兄貴だよ」


 アクタは衝撃(しょうげき)(かく)せなかった。


 いま出会ったばかりのこの男が、ウツロと俺のことを(さっ)し、(なか)を取り持ってくれた――


 なんてやつだ、マサキ……


 彼の頭に浮かぶのは、ひたすらうれしい気持ちだった。


「マサキ……ありがとう……」


 アクタはこぼれる涙を()くのも忘れて、弟を大事にしてくたこの少年に(あつ)く感謝した。


「ウツロ、おめえもな。バカなこと考えるやつだけど、いい弟だぜ? あんまり兄貴の足、()()んなよ?」


 ウツロも同様(どうよう)、いや、アクタとは違い、南柾樹を知っているだけに、()をかけてうれしかった。


 (にく)らしいやつだとばかり思っていたけれど、それは俺が、こいつの(うら)(つら)だけを見ていたからなんだ。


 こんなにいいやつなのに、俺は正直、軽蔑(けいべつ)していた。


 人の気持ちなんてわからない男だと、そう決めつけていたんだ。


 最低だ、俺は――


 すまない、柾樹。


 そして、ありがとう……


「……バカは余計(よけい)だぞ、柾樹……」


 うれしさあまってついウツロは、(にく)まれ(ぐち)(たた)いてしまった。


 実際は感激に()(ふる)えているというのに――


「おい、ウツロ。またヘンな思索(しさく)して、この人たちを困らせたんだろ? バカな弟だぜ、まったく。俺みてえにパーになれって言っただろ?」


「うるさい、アクタ。バカはお前だろ? パッパラパーの兄貴め!」


 現実は現実だ、しかたがない。


 でも、悪くはない現実もある。


 兄弟だった――


 いいじゃないか、それはそれで。


 二人はそんなことを思いながら、()りつめていた心が氷解(ひょうかい)していく感覚を(たが)いに共有した。


 「兄弟」は涙を流しながら、しかし笑顔でじゃれあっている。


 いいねえ、なんだか――


 目の前の楽しそうなやり取りを見つめながら、南柾樹は涙腺(るいせん)(ゆる)ませた。


   *


「雅っ、しっかりして!」


(さわ)んな、豚女(ぶたおんな)……!」


「雅……」


 気づかう真田龍子の手を、星川雅は()退()けた――


(『第50話 あわれみ』へ続く)

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