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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第39話 地獄

「アクタが兄。ウツロ、お前が弟だ。つまりわしは、お前たちの実の父親ということになるわけだな」


 なんだって?


 俺とアクタが兄弟で?


 アクタが兄さんだって?


 へえ、そうなのか。


 なんだかおかしいや、あはは。


 で、お師匠様(ししょうさま)が?


 父さんなんだ。


 ふーん、えへへ。


 知らなかったな~、びっくりだ。


 放心したところから、ウツロの精神はすでに気の触れる寸前にさしかかっていた。


 師の口から発せられる言葉のひとつひとつが面白くて仕方がない。


 そんな状態だった。


「ウツロ、わしのためなら喜んで魔道(まどう)にでも落ちる。確かにそう言ったな?」


 うん、言った。


 確かに言ったよ。


「ならばウツロ、アクタと殺し合え」


 あれれ。


「アクタ、そいつはもうわしの言うとおりには動けん。人間の世界などというものを味見したからだ」


 まあ、そうだね。


 確かにね。


「さあ二人とも。生まれてきたその罪を、この世に存在してしまったその罪科(ざいか)(つぐな)うのだ」


 そうだよね。


 やっぱり間違ってたんだよね、俺は。


 俺の存在は――


 亡霊(ぼうれい)のようになったアクタが、(あやつ)られるようにふらふらと、ウツロのほうへにじり()る。


 大気(たいき)をゆっくりと切り裂いて、その大きな両腕(りょううで)が、ひざまずいている「弟」の首にかかる。


「ウツロ、すまねえ……俺、もう、どうしていいのか、わからねえんだ……」


 アクタは謝罪(しゃざい)らしき言葉を口にするが、その顔は幽鬼(ゆうき)のように生命の存在を感じさせない。


 あまりの状況に、彼とて精神が錯乱(さくらん)しているのだ。


 ウツロはそれに()をかけたようだ。


 自分が絶対だと信じてきたものが、すべてまやかしだった。


 そしてこの追い打ち。


 こんな残酷なことがあってよいのか?


 もう彼の理性は、吹き飛ぶ一歩手前だった。


 その顔はへらへらとした()みを()かべている。


 もう笑うしかない。


 それほどまでにウツロは追いつめらたのだ。


 ああ、アクタ……


 「兄さん」の手が、俺の首に食いこんでくるよ……


 苦しい……


 けど、気持ちいい……


 だって俺は、「兄さん」の手にかかって死ねるんだよ?

 

 幸せだな~。


 こんなに幸せで、いいのかな~?


 ピタリと、首への圧迫(あっぱく)が止まった。


 アクタが本能的に何かを感じ取ったのだ。


 それは()しくも、彼が師から徹底的に教えこまれた、危機回避の習性だった。


 あれ、どうして?


 もう少しで、もう少しで()けそうだったのに……


 どうやら気づいていないのはウツロだけのようだ。


 似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)は森の一角(いっかく)の、桜並木(さくらなみき)隙間(すきま)凝視(ぎょうし)した。


見物(けんぶつ)したいのなら、見物料(けんぶつりょう)(はら)ってもらおうか?」


 一陣(いちじん)のそよ風が森を()でた。


 桜の並木も、はげあがった大地も、あるいはウツロたちをも。


 ゆっくりと、やさしく包み込むように。


 なめるように(はだ)愛撫(あいぶ)する。


 そのそよぐ音にまじって、くつくつと笑う女性の声が聞こえる。


 森が笑っている――


 あやかしが三人を食い殺そうと、舌なめずりをしているかのようだった。


「兄弟どおしを殺し合わせるだなんて、とんだ父親がいたものだね?」


 この声はいったい、どこから聞こえてくるのか?


 似嵐鏡月は視線を送っていたところに声をかけた。


「『家族』の()(ごと)に口を(はさ)まないでもらおうか? 出てこい」


 ぼんやりとしながら、ウツロはそちらに首を回した。


 知っている、知っているぞ、この女は(・・・・)――


(『第40話 出現(しゅつげん)』へ続く)

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