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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第2章 出会い
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第29話 口福

「こんなにおいしいものが、存在するんだね」


「お前どんだけ好きなんだよ、『存在』」


「『存在』、大事です……!」


「なんだよ虎太郎(こたろう)、こいつのこと気に入ったのか?」


「ウツロさんは、いい人です……!」


 真田虎太郎(さなだ こたろう)はウツロをかばうように、南柾樹(みなみ まさき)()()った。


 昼食もすっかり終盤。


 食卓を(あざ)やかに(いろど)っていた豪華(ごうか)な料理は、あますところなく五人の少年少女の胃袋に収まった。


 テーブルの上には、あとは洗うだけとなった食器の山ができあがっている。


「ふう……」


 ウツロは満足だった、心の底から。


 うまい飯と、最初こそぎこちなかったが、後半はそれなりに打ち解けて、会話を楽しむことができた。


 それだけに、あんな態度を取ってしまった自分が恥ずかしかった。


 「人間」に対する漠然(ばくぜん)とした憎悪(ぞうお)を、ウツロはかねてから持っていた。


 しかしそれが、いかに曖昧(あいまい)な感情であったかを思い知らされた。


 こんなにいい人たちじゃないか。


 「人間」――


 それがそれがどういうことかは、まだわからない。


 でも、この人たちといると、気持ちが安らぐ。


 コミュニケーション、というのか。


 ひとりで思索(しさく)にふけっているよりも、こっちのほうが楽しいかもしれない。


 きっと俺の見ていた世界は、あまりにもせますぎたんだ。


 彼はそう考えた。


「ごちそうさま。うまかったよ、柾樹」


「お気に()して、なによりだぜ」


「さっきはごめん、あんな態度を取ってしまって……」


「気にすんなよ、過ぎたことだろ? いらねえことは考えんなって。うまい飯でハッピーになって、それでいいじゃねえか」


「あ……」


 なんだろう、この感覚は……


 前にも感じたことのあるような……


 そうだ、アクタだ。


 アクタはいつも、こんなふうに俺を気づかってくれていた。


 南柾樹、この男もそうなのか?


 だから俺は、こいつにアクタを重ねたのか?


 いや、それなら、真田さんや虎太郎くんだって……


 そうか、もしかすると、これが「人間」の本質なのか?


 俺は「人間」を、おしなべて悪い存在だとばかり思っていたけれど、それは思いこみに過ぎなかったのかもしれない。


 うーん、難しい……


 まだ全然わからない。


 なんて難しいんだ、「人間」は……


「おーい」


「え?」


「まーた難しいこと、考えてんだろ?」


 まだ出会ったばかりではあるけれど、ウツロの思索癖(しさくへき)はすでに(さと)られていた。


「パッパラパーになっちまえよ」


 こういった手合(てあ)いの対処法は、南柾樹は経験として心得(こころえ)ている。


 彼は軽いノリで、ウツロをいなしてみせた。


「パッパラパーか、うーん……」


 やはりアクタと似ている、本質的なところが。


 俺は深く考えているようで、実は物事(ものごと)表層(ひょうそう)しか見ていないのではないか?


 うーむ、反省しなければ……


「ウツロさんがパッパラパーなら、僕はさしずめ、『デビルズ・クソムーチョ』でしょうか?」


「なんだよそれ? わけわかんねーよ」


「いくらなんでも卑下(ひげ)しすぎだよ、虎太郎」


「『ヒゲヒゲの実』を、食べたのです」


「そんな実あんのかよ!」


「役に立たなそうな能力だね!」


「ははは」


「ははは、じゃねーよ!」


 真田虎太郎が支離滅裂(しりめつれつ)なギャグを披露(ひろう)して道化役(どうけやく)となり、南柾樹と真田龍子(さなだ りょうこ)がその流れに乗る。


 ウツロはこの構図(こうず)がどのように、そして何のために形作(かたちづく)られるのか、理解しがたかった。


 作っているようでいて、自然にやっているようでもある。


 コミュニケーションか……


 俺は難しく考えすぎているのだろうか?


 アクタやみんなが言うように、物事の本質とはもっと、単純なのかもしれない。


 だが、単純だからこそ、逆に俺には難しい。


 ウツロは例により、考えを(はず)ませているのだけれど、ひとりでの思索とは違い、気持ちが楽な気がした。


「ちょっとまとめなきゃいけない資料があるから、医務室にいるね」


「うぃー」


 食事を()ませた星川雅(ほしかわ みやび)は、そっけない仕種(しぐさ)で食堂を後にした。


 通過儀礼的(つうかぎれいてき)相槌(あいづち)を打つ南柾樹に、ウツロは彼女の冷めた態度が気になった。


 食器くらい自分で片づけていけばいいのに……


 そうだ、片づけだ。


 こんなにおいしいものをいただいたんだ。


 せめて片づけくらい、手伝いたい。


「片づけを、手伝わせてくれないかな……?」


 遠慮気味(えんりょぎみ)に、彼は願い出てみた。


「いいって、ウツロくん。あなたはお客さんなんだから、先に部屋へ戻って、お昼寝でもしてるといいよ」


「でも……」


厨房(ちゅうぼう)の中を引っかきまわされでもしたら、かなわねえぜ? いいから部屋でゆっくりしてろって」


 真田龍子と南柾樹が自分に気をつかってくれているのは、じゅうぶんに察する。


 ウツロは食い下がったら慇懃無礼(いんぎんぶれい)だと思い、妥協(だきょう)することにした。


「そう、か……わかった。お言葉に、甘えさせてもらうよ」


 食堂を去る前に、礼のひとつくらいは言っておきたい。


 その程度なら()(はか)れるし、いま俺にできる唯一(ゆいいつ)のことだ。


「柾樹」


「ん?」


口福(こうふく)、ごちそうさまです」


「……」


 これがいまのウツロにできる、最大限の誠意(せいい)だった。


 不器用かもしれないけれど、彼は彼なりに、感謝を表明したつもりだった。


「そう言ってくれるとうれしいぜ、ウツロ(・・・)?」


「――」


 深く一礼(いちれい)して、彼は食堂を後にした。


 おぼつかない足取(あしど)りが自信のなさを物語ってはいたけれど、それも含めて一同(いちどう)は、ウツロの心中(しんちゅう)をちゃんと理解していた。


 彼は成長したがっている。


 もちろん、精神的に――


「よっぽど、柾樹の料理がおいしかったんだね」


「ほんと、クラシックな野郎だぜ」


 遠ざかるウツロの背中を見つめながら、南柾樹の顔は(ゆる)んでいた。


   *


 食堂を出たウツロは、まっさきに、星川雅のことを思い浮かべた。


 彼女だけ、彼女だけが、他の三人とは違う気がする。


 何かとてつもない、(やみ)をかかえているような感じだ。


 奪われたままの黒刀(こくとう)のこともあるし、問いたださねばなるまい。


 ウツロはそう考え、彼女が根城(ねじろ)にしているのであろう、医務室へと向かった。


(『第30話 星川雅(ほしかわ みやび)恐怖(きょうふ)』へ続く)

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