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鬼の棲む家   作者: たまさ。
7/52

6

 雪花が自室である離れに居を戻したのは、一週間の後のこと。

畳も全て張り替え、障子も新しくなり、何より驚いたのは室内にあった全ての調度品がまったく違うものに変えられていたことだ。


 ミノに「今日からは離れに戻れますよ」と言われ案内された先、箪笥も火鉢もその全てが新しいものだ。

あっけにとられる雪花に、ミノは溜息交じりに笑う。

「旦那様のお言いつけですべて交換させました。まったく、雪花さまにはお甘いのだから、あの方は」

 甘い……?

その言葉に違和感がある。

雪花はこそりと首を傾げた。

「まぁ、これを機会に雪花さんには考えて欲しいのですけれどね」

と、ミノは意味ありげに笑うととんっと新しい畳の表面を叩いた。

「おすわりください」

――このしぐさはここにきた当初に良く見られたことだ。

説教……?


びくびくと着物の膝に手をかけて座ると、やけに機嫌の良い声音でミノが言う。

「最近は旦那様がきちんと毎日帰宅してくださいますし、雪花さんとも仲睦ましい様子でこのミノも安堵しております」

……仲、睦ましい?

 ものすごい疑問が。

雪花が曖昧な笑みを浮かべていると、ミノはにっこりと微笑んだ。

「そこで、ミノとしてはそろそろ旦那様には後継ぎ様をお作りして欲しいと思っているのですよ」

 まるで素晴らしいことを打ち明けるように言われた。

「まぁ、勿論祝言が先だということは判ってはいるつもりですけれど……」

それは勿論そうだろう。

「なんといっても旦那様はミノの言葉など少しも聞き入れてくださる方ではありません」

そこで、

「ここは一つ雪花さんに頑張って頂きたいのです」

「――」

雪花はさぁっと自らの血の気がひくのを感じた。


まさか、もしやと思ってはいたが。

ミノは物凄い野望、というか無謀なことを考えているのか?

「雪花さんももう十分お子を成せる年ですし、ここは一つ大恩ある旦那様に報いる為にも」

たんっ、とミノは膝をうった。

「今宵あたり閨を共にして頂きたいのです」

「……」

声を上げなかったのは呆気に取られすぎたからだし、わざわざ声を出すのはやはり面倒だと考えているし、何より長年の慣れだ。

雪花は蒼白になった。

まるきり楽しそうに言葉を続けるミノを、まるで言葉の通じぬなにかのように見つめながら、心持首を振ってみる。だが、だが――ミノは自分の考えがさも素晴らしいという様子で上機嫌だ。


「雪花さんは武家のお嬢さんだし、旦那様はあの通り素晴らしい方です。きっと可愛らしく賢い素晴らしいやや子さまが産まれることでしょう」

ふるふるふるふるふる……

 武家って、すでに失脚していますし。あの通り素晴らしいって、どこがどのあたりで素晴らしいのか雪花にはちっとも判らないです。

 死臭を隠す為に香を焚きしめる男のどこを示して素晴らしいというのか……雪花には、雪花には判りません。

 雪花は必死にいやだと首をふるのだが、ミノの心はすでにやや子を腕に抱いている夢想にふけっていた。


「ああ、新床のお作法をお伝えしなければなりませんね」

ミノははたりと現実にたちかえったが、その現実はどこまでも夢に近い。

「大丈夫ですよ。雪花さんは何の心配もいりません。

旦那様がお休みになられる前に寝間で三つ指をついて頭をさげて、あとは旦那様のなさるように。逆らってはいけませんよ? 怖いことはありません。旦那様はおやさしい方ですからね」

……その夢からどうぞ帰ってきてほしい。

雪花はぎゅっと着物の膝を掴んだ。

「あら、雪花さん、顔色が悪いですね。

床に行く前にはきちんとお風呂に入りましょうね。体の隅々までしっかりと磨かなくては」

――雪花はすでに逃れられない運命に、そっと自らの胸の下、帯に刺さる懐剣に救いを求めるように手を這わせた。

 そして、ふと気づく。

この剣の意味に。


さて、雪花さんにがんばっていただきましょう。

うちの山田君はほっとくと動かないからね。

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