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鬼の棲む家   作者: たまさ。
4/52

3

 かたりと音をさせて桐の箱を開き、中から絹地の包みを取り出す。

それまでものに対しての執着を、雪花は抱いたことは無い。何しろ雪花は何一つ自分のものというものを持っていない。

 

山田浅右衛門(やまだあそうえもん)の屋敷、その一番奥の離れに暮らしてはいるが、この部屋に置かれる全てのものが雪花にとってどこかよそ事にうつるのだ。

 自分に不釣合いな着物の数々。季節の巡りに新しく用意される(かんざし)の数々。

それらは全て嘉弘(よしひろ)が命じたものだというが、それが事実かどうかも知らぬ。ただ、ミノがそうしているだけなのかもしれない。

 季節が変わるたび現れる衣料商、簪職人。それらは全て十四の頃、雪花に月の物が訪れてからミノが手配しだしたものだ。彼女の無言の圧力が、雪花には判る。


――嘉弘の妾としての意義を、彼女は雪花に求めているのだ。


 女中でも下女でもなく、ただ屋敷にいる女ではなく、嘉弘の為に存在しろと示す。

だが、それは彼女の勝手であって嘉弘の意向ではない。

すくなくとも、雪花は嘉弘がそんなものを自分に求めていないことくらい――判るつもりだ。

 今まで与えられつづけたもののなか、唯一この手の中の懐剣が、何故か自分のものとして意識できた。

 冷たい輝きと、刀身を持つ懐剣が、雪花の中で安堵を与える。

昼過ぎの自室、雪花はぼんやりとそれを膝の上に載せて、見つめた。

あれから五日程の日が流れはしたが、不思議と屋敷の主は毎日のように帰宅するようになった。

 そして、酌を求めるのだ。

何があの男をかえたのか判らない。ミノは毎日帰宅する主に機嫌を良くするが、雪花としてはなんだか疲れてしまう。

 ふと、雪花は物音に顔をあげた。

渡り廊下を歩む足音。

だが、それは床を撫でるように歩くミノのそれではない。まるで忍ばすようにそっとそっと、けれど時々キシリと床板が音をさせる。

 そうするとその足音の主はぴくりといったん動きを止めるのだ。


――誰?


雪花は怪訝に眉をひそめて顔をあげた。

 持ってい懐剣を慌しく棚へと戻す。

咄嗟のことに、絹地の包みにいれるのもままならない。

誰が来るのか知らぬが、何故だかその懐剣を誰かに見られるのはいやだったのだ。

 障子に影が差す。

途端、タンっと音をさせて開いたその姿に――雪花は硬直した。

喉の奥で音が凍りつく。

 何故?

なんだか心臓を握られたような奇怪な気持ちになり、ついで不快に眉をひそめた。

立っていたのは男で、それは以前厨で見かけた男だ。


「よぉ、お嬢ちゃん」

こんな場に何の用だろうか?


雪花は厳しい視線を向けたが、男はにやにやとしながら室内をぐるりと見回した。

「なんだ、結構質素な部屋だな」

ずかずかと入り込む男に、雪花はどうすれば相手が出て行くのか考える。言葉を出せばよいのだろうが、こんなことで口を開くなど馬鹿らしい。

 だが、そんな雪花の様子を面白そうに見ていた男は、ずかずかと足を進め、雪花の腕を掴んだ。

 ぎりっとつかみ上げられ顔を顰める。

「そう怖い顔すんなよ?

なぁに、ほんのちっとだけ――な?」

へへへとにやつく男の手が、雪花の尻をなで上げた。

その時になってやっと相手の意図を感じ雪花は逃げようともがいたが、だんっと背中が棚へと打ちつけられた。

 ぐっと喉の奥でくぐもった音が漏れた。

棚の上のものがいくつか床に散らばる。

雪花は押さえ込まれ、耳朶に男の酒臭い息を感じた。

まるで犬のように荒い息を繰り返し、ねっとりとした舌先が首筋をなで上げる。悲鳴をあげようと口を開いたが、しかし四年以上話さずにいた喉は音を忘れたように声を発しない。

 もがいても男の力は衰えず、ずるずると雪花の腰は床に落ちた。

のしかかる男の手が雪花の袂から入り込み、そのざらりとした感触が地肌に触れた時、雪花は卒倒しそうになった。

じたばたと暴れる雪花に痺れを切らすように六蔵の手が飛ぶ。

「生娘じゃあるまいに、おとなしくしやがれっ」

ばしりと叩かれて顔が無理に左へと向けられた。雪花はくらりと意識を手放しかけた。

――いっそ意識を手放してしまいたい。

 肩口を押さえ込まれ、床に崩れる。

六蔵の手が、雪花の着物の袂を割るように浸入してくる。

目の前に畳の目があり、雪花はあえぐように視線をめぐらせた。

 棚から落ちたものが視界に入り、必死で手を伸ばす。

男の手が襦袢をもどかしげにたくしあげていく。雪花は落ちた懐剣を引き抜いた。



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