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鬼の棲む家   作者: たまさ。
26/52

4

 猫の子が小さな声で切なげに泣いている。

母を求めて、ぬくもりを求めて。

こんな場にどこから入り込んだのだろうかと、雪花は軒下をのぞこうかと思ったが、縁側にあるちいさな籠が目についた。

 籠にはこんもりと柔らかな布が入れられ、そしてそれがもぞりと動く。

見てはならぬと本能が示すというのに、雪花の身はそろりそろりとその籠へと吸い寄せられた。

 見てはいけない。

それは……――

 視界に入り込んだのは赤子だ。未だ小さな赤ん坊。赤ら顔のその赤ん坊は雪花を求めるように小さな手を伸ばしてくる。

 雪花は切ないような愛しいような気持ちが浮かび、突き動かされるようにその赤ん坊へと手を伸ばしかけたが、その赤ん坊の口から鋭い牙のようなものがのぞき、ついでその額にはっきりとある異形のしるし――いびつに飛び出した白い角に、悲鳴をあげた。


鬼、鬼だ。

あれは鬼の子――あれは……


 慌てて抗うようにあばれる雪花の体を押さえ込むように、ミノの声が耳に入り込んだ。

「雪花様、雪花様? ああ、がっかりとなさっておいでなのですね。申し訳ありません。ミノの早合点で――いえいえ、流産などではありませんからね。まだ赤様はいらっしゃらなかったんですよ。だからそんなに悲しまれないで下さいまし」

 ミノの切々と侘びる言葉を耳にいれながら、雪花は自分が離れにある自らの居室で寝かされていることに気づいた。

 

 その額を汗が伝い落ちるのを、ミノがやんわりと塗れた手ぬぐいでぬぐってくれる。だが、それを思い切り跳ね除けたい衝動と同時、何もかもがおっくうなような気だるさが体にあった。


 耳の奥をどくどくと脈打つものを感じる。

鬼など生まれはしない。生まれてくるのはただの赤子だ。

だがやがて、それは鬼へと変化していくに違いない。山田浅右衛門の血を引き、その仕事を継ぐべくして育て上げられる。

 首切り浅の、子。

鬼の子として。


 何くれと世話を焼こうとするミノに、かすれるような声で「一人に、して」と言葉を搾りだそうとしたものの、音は言葉にならなかった。それでもミノは悲しそうに一つうなずいて姿勢を正すと、深々とたたみにこすりつけるかのように頭を下げた。

「ごゆっくりとお休み下さいませ」

 ミノは完全に赤ん坊がいないということに対して雪花が気落ちしているのだと勘違いしているのだろう。だが、真実は違う。

――雪花は、やがて自分の身に嘉弘の子ができるかもしれないなどと考えたことは無かった。

 今となっては雪花も初心な小娘ではない。

嘉弘に抱かれる妾でしかない自分だ。子種といわれるものがどういったものであり、女に子種を授けるということがどんなものであるのかもよく知っている。

 屋敷を留守にすることも多い嘉弘だが、屋敷で寝る時は決まって雪花の体を好きにし、雪花の体に種を撒き散らす。

 そう、ならば当然いつかは雪花の身に嘉弘の子が宿ることもあるのだ。


それを思い、雪花は身震いして自分の体を抱きしめた。

――今なら、今ならまだ大丈夫。

今であれば、嘉弘の子が宿っていない今であれば大丈夫だ。


 雪花はぎゅっと自らを強く強く抱きしめ、棚に置かれた懐剣へと狂おしい程の眼差しを向けた。

 嘉弘を憎んでいるのか殺したいのかは判らない。

だが、ただ一つきちんと理解していることがある。


 自分の腹から生まれる赤子が――やがて鬼になるなどと自分には耐えられそうにない。

生れ落ちたその時から、鬼の道を歩むことを定められるのであれば……そのような子を生むなど耐えられない。


 雪花はつっと流れ落ちる涙を感じながら、気が触れたように笑みをこぼした。

早く、一刻も早く……嘉弘を殺してしまわなければならない。


鬼の子を宿す前に。


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