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鬼の棲む家   作者: たまさ。
20/52

19

雀の声が、耳に届いた。

――朝の気配に雪花の瞼が小さく震え、同時にずきりとした鈍い痛みに顔をしかめた。

それは覚えのある痛みで、二日酔いというものであることはすぐに承知した。


そうして驚く。

自分が寝ている場所に。

自分の隣で寝ている男に。

単のみで横になっていた自分に――


昨夜は吉次と有村と共に屋形船で夜桜を楽しんでいたはずで、その時からの記憶が無い。

軽く目を見開いて、だから雪花はじっと隣で眠る男を見つめてしまった。

――嘉弘(よしひろ)

 どう帰宅したのかも判らず、何故嘉弘と共に寝ているのかも判らない。

雪花は軽く動揺しながら、ふと布団の脇の朱塗りの盆に置かれている自らの着物に気づいた。きちんと揃えておかれている。

 ならばそれをしたのはミノだろう。嘉弘が几帳面としてもそのようなことをする筈はない。

 軽い混乱が収束すれば、ついで目に入るのは懐剣だった。

苦いものが口の中に広がる。

衝動でそれを手に、ゆっくりと白刃を引き出す。

こくりと喉が上下して、やがてそれを下に向けて両手でかかげ――雪花は嘉弘の胸元へといざなった。

 この刃を、下げれば、嘉弘が――死ぬ。

腕に力が入り、わずかに震える。

口の壁がからからに乾き、うまく酸素を取り入れることができずに意識して抑える呼吸。その音すら出さぬようにすればするほど、喉の奥に唾液がたまった。


――嘉弘を、殺したいのだろうか。


もう幾度となく流れる思考に、つっと涙がこぼれた。

「ふっ……」

抑えていた嗚咽がもれる。

気分の高まりが、身を震わせた。

「――そのままさげればことたりるだろうに」

うんざりとしたように、嘉弘が手を伸ばして雪花の両手で支えられる懐剣に触れた。

ぐっと力が更に加えられる。まるで自らを傷つけるように。

強い力に驚愕し、雪花は慌てて懐剣をとりあげようと逆に力を振るう。

 嘉弘の胸、わずかばかりの場所で懐剣の先端がふるふると振るえ、雪花は恐怖に首を振った。

「ヤ、やめ……」

「つまらん」

吐息と共に嘉弘の手がはずれ、反動で雪花の体は反対のほうへとはじき出された。

「あなたはっ……死にたいのですか!」

憤りがそう言わせた。

「おまえはオレを殺したいのではないのか」

「……」

静かな問いかけに、雪花は血の気が引くような気がした。

「私は……」

あなたを――

「わかりません」

言葉はぞんがい素直に落ちた。

嘉弘の片眉があがる。

「判らない……」

嘉弘は吐息を落とし、前髪をかきあげると乱暴に雪花の腕を捕らえ、抱き込むようにして床に横になる。

「寝ろ」

「……旦那様?」

「まだ早い――寝ろ、雪花」

寝ろ、と言われても。

他人の腕の中に囚われて眠るなどできようはずがない。

 嘉弘の腕が片手で雪花を抱き、言葉の通りに寝入ろうとする。

どうして良いのか判らず体をこわばらせ、体全体に力が入っていたものの、抱き込んでいる男はやがて寝息をたててしまった。


困惑に眉を潜めながら、雪花はそっと嘉弘の胸に手を当てた。

とくとくと心音が手を通して雪花に流れる。

――あなたは死にたいのですか?


伏せた瞼が二度、ふるえた。


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