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鬼の棲む家   作者: たまさ。
14/52

13

 雪花の熱がすっかりとさめたのは翌日の朝。

それでも大事をとってと床はそのままに、その間雪花はぼんやりと離れで過ごすようにといわれていた。

「旦那様がお戻りになられましたらおいで下さい」

ミノはすっかり雪花を女主人扱いし、それまでの時々見せた傲慢な態度もなりを潜めた。

 することもなく、雪花は仕方なく嘉弘の浴衣を縫い上げる。

昼餉がすめば軽く休み、それすらすんでしまうと――ひょこりと吉次が有村を伴って顔を出した。

「どうだね、雪花や」

その顔は心配気だ。

雪花は続けようと思っていた浴衣から針を抜き、裁縫道具を手早く片付けると微笑んだ。


「顔色もようなったな、うんうん、まったくわしは心配したぞ?

よもやこの有村に茶屋にでも連れ込まれでもしたのかと」

「御前っ」

有村が声をあげるのは珍しく、雪花は吃驚して有村を見上げた。

それから気まずそうに苦笑を零す有村の様子に、雪花は小首をかしげて吉次の手に指を走らせた。


――茶屋が問題ですか?

「ん?」

――連れて行って頂きましたが。


「ほっ、そうなのか?」

嬉しそうに言う吉次に、被せるように有村が言う。

「御前! 戯言もそれまでになさって下さい。

私が雪花さんをお連れしたのは普通の茶屋ですからね。串団子を食べただけですから」

――生憎と、この屋敷から外を知らぬ雪花は妾という言葉は知っていても、出会い茶屋なるものがあるとは知らぬ。

 好き合う同士、人目を偲んで触れ合う茶屋があるなどとは露とも思わない。

 二人の様相に益々不思議そうに見るしかできず、またそれが吉次の笑いを誘う。

「よいよい、冗談じゃ雪花や。

まぁ、そのうちにな。有村にせがめば連れていってくれよう。うん」

「冗談になってないじゃないですか!」

まったく意味が判らず、雪花はこっそりと顔をしかめ――きかいがあれば嘉弘に尋ねてみようと心に留めた。

「そうかぁ、冗談になっとらんかぁ、すまなんだなぁ有村」


にたりと笑いながら横目で有村を見る吉次。

何故そんなに二人が楽しそうなのか雪花にはわからない。


それでも、口を利く気には到底なれない。

それは本当に何なのだろう。嘉弘にはもうすでにこの口を利いてしまっていて、意地で喋らずにいたことすらばれている。ならば今更だろう――

 ふと、雪花はなんとなしに自分の胸元に触れた。

今はそこに懐剣は納められておず、帯紐にりんっと小さな鈴が鳴った。


 誰も雪花に喋れとは強要しない。

それはつまり、屋敷の主は雪花が実は口を利くことができるのだということを語っていないのだ。

「雪花や?」


呼びかけに慌てて顔をあげる。

「疲れておるのか? すまなんだな、おまえはまだ病み上がりだというのに」

雪花は慌てて首を振り、微笑んで吉次の手に触れた。

―――退屈しておりましたから、嬉しいです。

「そうかそうか、雪花はかわええのぉ。

わしがもうちっと若ければのぅ」

 吉次の軽口や柔らかな眼差しが、どれだけ雪花にとって救いであるか知れない。頭では理解しているのだ。彼もまた、山田浅右衛門であったのだと。

けれど今の彼にはそういったものがない。

嘉弘が持つ、禍々しい闇が。


雪花が茶をいれ、吉次が持ち込んだ菓子と共になごやかな時間を楽しんでいると、やがて母屋の渡りをミノが現れた。

 三人の様子にくっきりと眉間に皺を刻み込み、ちらりと有村を見て、そうして吉次を見る。

 最後に雪花を確認すると、ミノはきちんと膝をついて頭を下げた。

「雪花さま、旦那様がご帰宅になられます。

お支度を」

「なんだ、ほうっておけばよいのに」

吉次が顔をしかめた。

「雪花は病み上がりじゃ。いますこし休ませてやらんと」

「雪花さまの熱は昨夜のうちに落ち着いておりますよ。旦那様とてご心配であられるはず。元気な姿を見せていただかねば困ります」

―――さも当然という口調できっぱりと言い、ミノは男二人を追い出しにかかった。

「まったく、ご隠居さまときたら好き勝手ばかりなさって。

道場を見てやるなんておっしゃるくせに、気の向いた時しか見ていらっしゃらないし」

ぶつぶつと悪態をつきながら、雪花の床が並べられている隣の部屋から着替えの着物を一揃え引き出す。

 着替えを手伝いながらも、ふとミノの手が雪花の額に触れた。

「熱はもう大丈夫ですね。まぁ、さすがに今宵ばかりはお勤めも止めていただきますが、旦那様の為にも笑顔を見せてさしあげて下さいましね」

 子を心配するような顔をするくせに、ミノの言葉は追い立てるもののようだ。

雪花は彼女の言葉の中にある、お勤めという言葉に首をかしげそうになったが、その意味を悟れば顔がこわばった。


―――あれが、私の、勤めだと。

それに体温があがるが、すぐに自らの思考が冷水を掛けた。

雪花はまごうことなく、嘉弘の妾である。

奥に囲われ、体を苛まれ、ならばそれは確かに勤め。

 苦界行きを救った男。

けれど、することは変わりない。

多人数に抱かれるか、一人の男に抱かれるかの違いではないか。


リン、と鈴音が響く。

「おや、なんです?」

けげんそうにミノが首をかしげる。

着替えのおり、鈴は懐剣の組み紐に結ばれ今は雪花の帯に刺さる。

雪花は淀むような思考から浮き上がり、清涼剤のように自らを救い出した鈴に触れた。

「可愛らしいことですね」

ミノもその音に笑みを零し、「さぁ、参りましょう」と雪花をうながした。


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