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鬼の棲む家   作者: たまさ。
13/52

12

 雪花が寝込んだのは、外出がたたったのだろうと――

ミノが有村に小言を言っている。

離れで一人床につきながら、それでもその喧騒は聞き取れた。


 雪花は熱でぼんやりとする視界で雪見窓から外を眺めながら、有村への申し訳ないという思いと同時、ミノへの不満をくすぶらせた。

 幼い頃――小娘であった頃にこの屋敷に引き取られ、その後は誰よりミノと顔をつき合わせてきた。娘らしい着物の着方も、浴衣の縫い方も、花の作法ももの言わぬ雪花に教えてくれたのはミノだ。

――だが、その全てが雪花を嘉弘(よしひろ)の妾とする為の布石であるのは明らかだった。

 時折、ミノが憎らしく感じる。

けれどそれは本当にミノが悪いのであろうか?

自らの非を、他人へと移し変えているのではないだろうか?


 雪花は熱に体を支配されながら、せんないことばかりを考える。

「失礼しますよ」

 熱も二日目。床についたままの雪花の耳に柔らかな声が入り込み、すすっと縁側に続く障子が開く。

 笑みをたたえて現れたのは有村藤吉で、雪花は咄嗟に身を起こそうとした。

「いえ、そのままで――すみません、私のせいで」

 苦笑をこぼす相手に、雪花はそれでも上半身を起こして首を振った。

――あなたのせいではない。

 それだけは伝えたい。伝えねばならなかった。

 障子から五歩の距離を、有村は音をさせずに近づく。

その手にあるのは、見慣れた桃源堂の菓子折り。雪花の布団の脇に置かれる茶器の盆にそれを載せ、ついで有村は自らの袂を探った。


「浅草様でこれをいただいて参りました。

お守り代わりに」


そうして差し出されたのは、ころりとまろやかな鈴。


組み紐に下げられた鈴は、手毬を小さくしたような様相で実に愛らしく、雪花はふわりと笑んだ。

ちりんっと鳴る音も愛らしい。

 熱もだいぶ引いた雪花は、有村の手をとり、ゆっくりとその手の平に指先を走らせた。


―――うれしいです。

「喜んでいただけてよかった。

それでは、病床に長居をしてはあなたの体に障る。私はこれで失礼しますね」


こくりとうなずく雪花に、有村は一旦背を向けて縁側へと向かい、けれど途中で振り返った。

「体が本調子になりましたら、稽古をしましょう。

今度は無理をせずに中庭で」

では、と有村が頭をさげて下がるのを見送り、雪花は手の中に残された鈴をきゅっと一旦握りこみ、ついで耳元でゆっくりと振った。


 有村の優しさが雪花の淀んだ気持ちをさらさらと流す。

鈴の音が闇を払うかのようにも聞こえる。

その一方で、雪花は瞳を震わせた。

――稽古を願い出たのは、嘉弘との絶対的な力の差を思い知ったからだ。

このままで嘉弘と向かい合うことなどできはしない。せめてもう少し太刀打ちできる何かが欲しい。


雪花の頬を涙が一筋落ちた。


なんて浅ましい――なんて愚かしい。

そして、優しいあの人を利用する自分はなんて恐ろしい鬼であろう。



江戸古地図を見ると、浅間さまは「浅草寺」と書かれていますので、「浅間様」ではなく「浅草様」と明記しました。

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