その後3 慣れ
――あれから、必死に努力した。
あいつらを見返すために、死に物狂いで足掻いた。
勉強を頑張って良い大学に通い、経営者や有力な人間とコネを作り、大学の卒業と同時に会社を立ち上げて、金を稼ぎ……誰もが認める『勝ち組』の座を手に入れた。
一般人では考えられないような豪勢な日々を送った。
酒、女、ギャンブル……などなど。刺激的な毎日に酔いしれていた。
いつしか、巧のことも、お袋のことも、一華のことも、忘れるほどの甘美な日常。勝ち組の優越感は、至上の快楽をもたらしてくれた。
だが、人間は『慣れる』生き物だ。
いつしか、その快楽に飽きるようになって、退屈を覚えるようになり……楽しかったはずの酒も、女も、ギャンブルも、逃避の手段でしかなくなった。
そして、二十代を終えて、三十代になった頃……俺はもう、笑うことがなくなった。
別に、事業が失敗したとか、そういうわけじゃない。
不摂生が祟ったせいか、体調が芳しくないことだけが憂鬱だが、それ以外は至って順調だ。
金は有り余るほどにある。勝ち組のレールはまだ外れていない。人も周囲に腐るほど集まる。承認欲求も、顕示欲も、すべてが十分に満たされている。
だが、飽きていた。
何をしても、つまらなかった。
だから、だろうか。
三十五歳になったとある日。今もまだ付き合いのある高校の友人から同窓会の連絡が入った。
今までは無視していたのだが……なんとなく、行ってみようという気分になったのだ。
(そういえば、巧は……いるのか?)
あいつのことを思い出したのは、十年ぶりだったかもしれない。
顔を合わせると気まずいかと思ったのだが、それでも構わなかった。
むしろ、何か心に変化があるかもしれない――と、期待した。
また、若い頃のように活力がみなぎるかもしれない。あるいは、今の俺を見て……きっと負け組としての人生を歩んでいるであろうあいつを、嘲笑えるかもしれない。
久しぶりに、楽しみなイベントが起きていた。
だが、残念ながら……いや、当然ながら、と言うべきか。
巧は、来ていなかった。
ただ、あの女はいた。
「うわっ。武史じゃん、久しぶり~w ってか、めっちゃ老けてない? おじさんになってる~w」
ノリの軽い、バカっぽい声は変わらない。
そこには、学生の頃に仲良くしていた円城香里がいた。
巧の元彼女で……俺のセフレでもあったか。
そういえば、こいつがいたな。
「そういうお前も、随分と老けて見えるが?」
居酒屋の隣に座り込んだ香里は、周りの女に比べると少し若々しいかもしれない。
だが、それでもせいぜい三十代前半くらいの容姿だ。昔を知っている俺から見ると、やっぱり老けた。
「はぁ? これでもめっちゃ美容にお金かけてるんですけど~?」
「金、あるのか。意外だな。噂では水商売をやっていると聞いていたが」
「……まぁ、金持ちのジジイを引っかけたから。あーあ、あの変態クソジジイ、さっさと死なないかなぁ~。そうすれば財産は全部あたしのものなのに」
話を聞くと、どうやら香里はキャバクラで働いていた時の客と結婚したらしい。初老の金持ち爺さんを丸め込んだようだ。
人ではなく、金と結婚した……ということになるか。
こういう女はよく俺の周囲にも寄ってくる。くだらないゴミなので無視しているが……香里はうまくやれたらしい。
「良かったじゃねぇか。お前、借金があって大変だったんだろ? 俺のところにもお前には気をつけろって連絡が来たぞ」
「……あのクソホスト、あたしと結婚を約束してたくせに! 金だけ奪って逃げたせいであたしがあんなクソジジイと結婚する羽目になったんだけどっ」
やはり、俺の想像通りの人生をこいつは歩んでいるようだ。
子供のころは、ノリが軽くて気のいい友人と思えたが……大人になると、中身のないバカ女にしか見えないから不思議だ。
真剣になれないこいつは、やっぱり刹那的な人生を歩んでいたようだ。まぁ、破滅していないだけマシだろうが――。




