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八話 元気の膝枕

 朝ごはんを食べてすぐ、先ほどよりも気分が落ち着いていることに気付いた。


 気持ち悪さも軽減している。やっぱり、食事は無理にでもした方がいいのだろう……調子が全然違う。


「さっきよりも顔色が良くなったわね」


 食器を片付けた後、花菜さんは俺の様子を見て安心したように微笑んだ。


「おかげさまで、少し元気になった気がします。ありがとうございます」


「あらあら、巧くんったら……ありがとうって言えるなんて、素敵な子ね。でも、感謝しなくてもいいのよ。これくらい、全然大したことないんだから」


 そうは言っても、こんなに甲斐甲斐しく接してくれるのだから、ありがたいと思うのも当然である。

 いくら、償いと言えども……まさかここまで優しくされるとは思っていなかった。


 そのせいか、ちょっと戸惑っているというか……正直なところ、どういう態度で接していいか、分からずにいる。


 これまでは、友達の優しい母親として接していた。でも、昨日の出来事があって以降、どうしても今まで通りの態度は厳しかった。


 もっと他人として、事務的に接するべきだろうか?

 いまいち距離感がつかめない。なんだか雑談するような気分でもないので、黙っていると……隣に座って俺の様子をジッと見ていた花菜さんが、こんなことを聞いてきた。


「巧くん……もしかして、寝てないの? 目が充血してるし、ちょっとぼんやりしてるわね」


 鋭い。さすが、いつも母親をしているだけあって子供の調子を探るのはお手の物である。


「はい。ちょっと、眠れなくて」


 嘘をついても仕方ないので素直に頷いた。

 そうすると、花菜さんの表情が急に暗くなった。


「そうよね……眠れないのは、当然よね」


 たぶん、俺が眠れない理由を思い出したのだろう。それでも、俺に気を遣って武史の名前は出さないでくれた。

 それが今はありがたい。あいつの名前を聞いたら、それだけでまた調子が悪くなりそうだったから。


「すみません。なので、また眠ろうかと思っていて……」


「ええ、それがいいわよ。ちゃんと眠らないと元気にならないものね……私はお掃除とかお洗濯をしてるから、自分のお部屋で寝てらっしゃい?」


 気を利かせてそう言ってくれたのはありがたい。

 でも、自分の部屋はしばらく使う気がなかった。


「……ここで眠ります。俺の部屋からは、あいつの部屋が見えるので」


 あそこは武史の部屋と向かい合わせにあるので、今は入りたくないのだ。

 それを伝えたら、花菜さんは意図を察したのか、慌てた様子で頷いた。


「そ、そうなのね……ごめんなさい、配慮が足りてなくて」


「いえ、大丈夫です。掃除の邪魔になるかもしれませんが、気にしなくていいので」


 そう言って、横になった。

 まだ眠れる気分ではないのだが……少し、武史のことを思い出したせいで、気分が悪くなったのだ。

 こうなると分かっていたから、なるべくあいつのことは口に出したくなかったが、今は理由を話さないといけないタイミングだったので、避けようがなかった。


 花菜さんには申し訳ないのだが、もう何も話したくない。黙って静かにしていたい。

 と、いう俺の気持ちを汲んでくれたのだろう……花菜さんは分かってくれたみたいで、何も言わずにソファから立ち上がってくれた。


 さて、まだまだ眠れそうにはないが、とりあえず眠気が訪れることを祈って、目を閉じよう……そう思って眠ったふりをしていたら、不意に柔らかい布が俺の体を覆った。


 この感触は……布団だ。


「体が冷えないように、布団はかぶってて……何も言わなくていいわよ。眠れるなら、ちゃんと眠ってね」


 声をかけられて、花菜さんが持ってきてくれたことを理解した。

 たしかに布団があった方が眠りやすいので、ありがたく使わせてもらおう。


「あら、枕を持ってくるのを忘れちゃったわね……えっと、そうだ。巧くん、ちょっと頭を上げるわね?」


 え? なんだろう?

 急に頭を持ち上げられて、何をされるのかと身を任せていたら、今度は頭が柔らかい何かに乗った。


 それに、温かくていい匂いがする……俺は今、何に頭を乗せているのだろう?


「よし。これで、少しは眠りやすくなったかしら……膝枕、どう? 嫌だったら、目を開けてね」


 ……この感触は、ふとももだったのか。

 あまりにも柔らかくて感触が良かったので、目を閉じていたら分からなかった――。


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