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五十一話 略奪と贈与

 『ギバー』『テイカー』『マッチャー』という言葉がある。

 海外の心理学者が提唱した、人間の思想や行動を分類した言葉らしい。


 いわく、人間は三つのタイプに分類できる――とのことだ。それが先ほど挙げた三つの単語である。


 一つ目は『ギバー』。

 与える人を意味しており、見返りを求めることなく相手に手を差し伸べる人間のことを意味している。


 二つ目は『テイカー』。

 受け取る人を意味しており、自分の利益を何よりも優先させて多くの報酬を受け取ろうとする人間を意味している。


 三つ目は『マッチャー』。

 ギバーとテイカーの中間の性質を持ち、時と場合に応じてギバーにもなり、テイカーにもなる中立の人間を意味している。


 何故そんな話をしたのかと言うと――花菜さんと武史を見てみると、『ギバー』と『テイカー』の典型的な関係性を構築していることが分かるからだ。


 自分すらも犠牲にして、相手に尽くし続ける花菜さん。

 相手のことを犠牲にしてでも、自分を優先させる武史。


 与える人と受け取る人が明確に分かれている。

 だからこそ、ゾッとする。


 この関係で不幸になる人間は明らかだ。

 花菜さんは、武史と一緒にいる以上……決して幸せになることはない。


 この二人の関係性は『与える人』と『受け取る人』という言葉すら生ぬるい。『贈与』と『略奪』の方がしっくりくる。


 こんな関係性で、花菜さんが幸せになれるわけがないのだ。

 だからこそ、安堵した。


「武史のことは、色々と覚悟を決めたわ……これからはあまり干渉せずに見守ることにする。私があの子にしてあげられることは、もうほとんどない。せいぜい、金銭の支援くらいかしら」


 花菜さんは静かに語ってくれた。言葉もハッキリとしているし、迷いも全く見えない。

 つまり、一時の感情で決めたわけではなく、ちゃんと冷静に考えたうえでの決断なのだろう。


「だけど、その……えっと」


 とはいえ、問題が全くないわけではないらしい。

 言いにくそうな花菜さんを見て、俺は助け舟を出すようにこう囁いた。


「隠し事はなしですよ」


「そ、そうよね。これから一緒に暮らすものね……どうせいつかバレることだし、今の内に言っておくべきよねっ」


 それから花菜さんは、意を決したように俺を見つめて――


「お金が、ないの」


 ――ためらいながらも、抱えている問題を教えてくれた。


「一応、子供たちのために貯金もしていたから、武史のこれからの生活費と学費はなんとかなりそうなの。でも、その代わりに私と一華の生活が厳しくなりそうで……そんな状況で新居にお引越しは、難しくてっ」


 冷静に考えると、それは当たり前のことだった。

 花菜さんはパートで働いているとはいえ、生活に余裕はなさそうである。武史も、お小遣いが少ないとよく愚痴を言っていたくらいだ。


 そんな状況で、住むところと財布を二つに分けるとなったら……その分、出費はかさむだろう。


「だから、巧くんの家に居させてほしいってお願いしたの」


「なるほど……そういうことだったんですね」


「ごめんなさい。子供にこんなことをお願いするのは、大人としてすごく情けないんだけどね……私、両親も亡くなっていて、頼れる親族もいないし、前の夫からの養育費も、もらってないの……それで、頼れる人が巧くんしかいなくて」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる花菜さん。

 誰かの犠牲にばかりなっていたからこそ、誰かを頼ることに人一倍の罪悪感を抱くのだろう。


 その気持ちは、俺もよく分かる。

 だって、俺も……花菜さんと同じ、与える側の人間だから。


「先ほども言った通り、この家は自由に使ってもらって構いません。でも、その代わり……家事は、お任せしていいですか? 俺も手伝いますけど、一人ではなかなか難しくて」


 だから、条件を提示した。

 本当は無償でも良かったのだが、花菜さんはそれをあまり快く思わないと思ったのである。


 少しでも、罪悪感を軽くしたくて。


「もちろんっ。家事の他にも、お願い事があれば何でも言ってね? 私は――巧くんのためなら、何でもやるわ」


 そんな俺の言葉に、花菜さんはニッコリと笑った。

 いつもの優しい微笑みだ。家の中では、この笑顔をいつも浮かべていてほしいものである――。


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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に武史を引き取ったのが謎な設定やな。
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