五話 罪と罰と償い
――武史の罪を、代わりに償う。
花菜さんはそう言って、ようやく顔を上げてくれた。
「私はどうせ、あの子を叱ることもできないわ……今まで、怒ったことなんてないもの。泣いて、こんなことをするのはもうやめてと、お願いすることしかできない。そんなことで、巧くんが満足するわけがないわよね」
泣き腫らした目は、痛々しい。
しかし、改めてみるとやっぱり花菜さんは綺麗な人である。若々しい見た目なので二十代と言われても信じてしまいそうである。
実際の年齢は、たしか……三十代半ばと言っていただろうか?
武史を産んだにしては若いと思っていたが、あいつが連れ子だというなら納得できる年齢だ。
「こんなおばさんが視界に入ったら、気持ち悪いかもしれないけど……これでも、料理は得意なの。家事全般には自信があるわ。家政婦みたいなことでよければ、してあげられるわよ」
おばさんだなんて、とんでもない。
見た目も若々しいので、近所では美人な奥さんとして有名な人である。
ゆるくウェーブのかかった髪の毛も、整った顔立ちも、身長が低いのに凹凸のハッキリしているスタイルも、おばさんと呼ぶには恐れ多い。
それでいて、優しくて包容力のある人なのだ。
武史がこの人にデレデレな理由も分かる。
「もちろん、巧くんが嫌なら無理強いはしないわ。ごめんなさいね……そういうことしか、私にはできそうになくて」
まぁ、家事をしてくれることは、決して嫌というわけじゃない。むしろ、ありがたいとすら思うかもしれない。
今、俺は一軒家で一人暮らしをしている。幼いころに両親が他界している上に、俺を育ててくれた祖父母も数年前に亡くなっているのだ。この家は一人で暮らすには広すぎる。あと、家事もそんなに得意じゃないので掃除も洗濯もままならず、家は少し散らかっていた。
それに、花菜さんに武史の罪を償わせることは、あいつへのささやかな復讐になるかもしれないのだ。
少なからず母親を大切に思っているあいつはきっと、腹を立てることだろう。
そういったことを考えると、断る理由がないわけで。
「……それなら、お願いします」
先ほどよりも、怒りは収まっていた。
荒い口調で話しかけていたことに少し罪悪感を覚えながらも、いつも通り敬語に戻して頷いた。
すると、花菜さんは……安堵したように肩をなでおろして、小さく微笑んだ。
「ありがとうっ。巧くんは、とても優しい子よね……ごめんなさい。その優しさに付け込んだみたいで、心苦しいとは思ってるの。でも、これだけが私にできる償いだから」
「いえ……まぁ、はい。正直、花菜さんは関係ないと、俺も理解しています。八つ当たりみたいになってますけど、ごめんなさい」
「ううん、謝らないで。気持ちが抑えきれなくなったら、いつでも言ってね……おばさんで良ければ、いくらでも怒りをぶつけてもらって構わないから」
「……俺がそういうことをできないって、分かってて言ってませんか?」
「うふふ。そうかもしれないわね……でも、本心ではあるの。最悪、何をされても構わないというか……いえ、違うわ。何かしてくれないと、私はきっと――巧くんを傷つけたことを、一生許せないの」
たぶんこの人は、武史の犯した罪を自分の責任だと本気で思っているのだろう。
どんな状況になろうと、子を守ろうと親は必死になってくれる。もしかしたら無意識にそういう選択をしているのかもしれないが……それでもやっぱり、素敵な母親だと思った。
両親という存在を知らない俺は、やっぱり武史を羨ましく思ってしまう。
こんな母親を、武史だって大切に思っているはずだ。
だからこそ、母親に罪を償わせていることが、あいつにとっては『罰』となるはずだ。
そう信じて、しばらくは花菜さんにあいつの罪を償ってもらうとしようか――。