三十一話 小さくて大きい
今、一華ちゃんにマッサージをしてもらっていた。
自分で得意というだけあって、彼女の手つきはかなりのものだった。全身がほぐれていくので、すごく気持ち良い。
最初は背中や肩をもんでもらったので、今度は仰向けになって胸元や腹部をマッサージしてもらっている。
「たくみにぃ……意外と筋肉あるね」
「そう? いや、運動はしてないから、普通だと思うけど」
「でも、お母さんに比べたらお腹がすっごく固いよっ。男の子だからかなぁ」
そう言いながら、一華ちゃんはへそ付近を撫でている。これはマッサージなのだろうか……くすぐったい。
「な、なんだかんだ、たくみにぃって体がたくましいね」
それから、顔を赤くしてうっとりしていたので、なんだか恥ずかしかった。褒めてくれるのは嬉しいんだけど、俺は決して筋肉質じゃないので自慢にならない。ただ、ごはんをよく抜いているので、ひょろひょろなだけだと思うけど。
少なくとも、あいつと比べたら俺は『もやし』と言わざるを得ないだろう。
「武史と比べたら、俺は全然大したことないよ」
……あ、まずい。
そう気づいたのは、言った後だった。
無意識にあいつの名前を出してしまっていた。武史に劣等感があるせいだろうか……意図せずして比較してしまう自分がいる。
一華ちゃんの前で、あいつの名前を出してもいいのだろうか?
かなり嫌悪感を持っているみたいなので、なるべく避けようと思っていたのに……不注意だったなぁ。
「兄貴はなんかゴツくて黒いから微妙じゃない? わたしはたくみにぃくらいがちょうどいいなぁ。肌も白くて綺麗だもん」
ただ、一華ちゃんは大して気にしていないようだ。
良かった。日常会話に紛れる程度なら、特に問題ないのだろう。
あるいは、意識しすぎているのは俺の方だった――ということかもしれないけど。
「わたし、ムキムキな人あんまり好きじゃないの。男性フェロモンって感じがして、ちょっと怖いし。だからたくみにぃは鍛えないでねっ」
「……俺としては、もう少し筋肉がほしいんだけどなぁ」
体質なのか筋肉がつきにくい体なのだ。脂肪もつきにくいので太ることもないのだが……原因は食生活だと思うので、健康的な体を手に入れたい。そうすればもっと、男らしくなれるはずだから。
「たくみにぃは今のままで十分だよっ。あ、でも全体的に体が凝ってるから、もう少し柔軟体操とかした方がいいとは思う!」
「マジか……俺、そんなに凝ってる?」
「うん。まぁ、お母さんほどじゃないけど」
そういえば、さっきからずっと花菜さんの方が酷いと一華ちゃんは言っている。
花菜さんはよっぽど凝ってるようだ。
「お母さんはね、特に肩がカッチカチなの……ほら、おっぱいがすっごく大きいから! 体が小さいのになんで一部だけ大きいんだろうね?」
「えっと……一華ちゃんも人のこと言えないような」
「べ、別に小さくないもん! お母さんには3センチしか負けてないし高校生になったらきっと大きくなるからっ」
発言に引っ張られてなのか、少しでも自分を大きく見せようとして一華ちゃんは胸を張っていた。だけど体が小さいので、全然大きくは見えない……そして、制服越しにでも分かるたわわな一部が余計に強調されていたので、思わず目をそらしてしまった。
高校生になったら身長が大きくなる、か……はたしてどうだろう?
もしかしたら、花菜さんと同じように体じゃなくて胸だけが大きくなる可能性もあるけど、それを伝えたらむくれてしまいそうなので、やめておいた。
まぁ、そういう反応もかわいらしいと思うので見てみたいとは思うけど――