三話 子供の罪
――自分でも、甘い人間だという自覚はある。
何せ、俺を裏切ったあいつの母親を放っておけなくて、つい我が家に連れてきてしまったのだから。
あの後、無言で泣き崩れた花菜さんを連れて、俺は自分の家に戻った。
二回戦へと突入していた武史と香里を、放置して。
分かっている。あのまま殴り込めば、少しは鬱憤を晴らせていたことは、ちゃんと理解している。
でも、優しくて笑顔の絶えなかった花菜さんが泣き崩れているのを見て、何もできなくなった。
「…………」
とりあえず、泣き崩れた花菜さんはリビングのソファに座ってもらっていた。しばらく泣いて気分がマシになったのか、今は少し落ち着いている様子だ。
そんな花菜さんにコーヒーを準備してしまう自分を、なんだか嫌いになりそうだった。
こういう部分があるから、恋人の香里にも舐められて浮気されたのだろう。
なんて状況だ。
こんなのもう、笑うしかない。
(ははっ……はぁ)
スマホの写真を眺めて、強引に笑おうとしたが……しかし、笑うことすらできなかった
何せ、そこに映っているのは、裸で抱き合っている武史と香里である。局部は見えずとも、何をしているかは分かる構図でしっかり撮れていた。これを見せれば、二人は浮気していることを認めざるを得ないだろう。
部屋から離れる際、バレないようにスピーカー部分を抑えてスマホで写真を撮っておいたのだ。もちろん、それでもシャッター音は小さく鳴っていたが、聞きたくもない嬌声がかき消してくれた。
まぁ、これさえあれば……再び、二人を糾弾することはできるだろう。それが入手できただけで十分だと思い、電源を落とそうとしたのだが……指が画面に触れたことで写真がスライドして、前の日に撮った香里とのツーショットが出てきた。
学校帰り、一緒に帰りながら二人で撮影したのだ。
その時は、来週末に遠出してデートしようって……そう予定を立てていたのに、なんだかはるか昔に思える出来事である。
「おい……これ、見てみろ」
せっかくなので、その写真を開いたまま花菜さんにスマホを押し付けた。
「俺の彼女……もう違うか。俺の彼女だった女との写真だ」
花菜さんは、武史と寝ていた女性が俺の彼女かどうか、先ほど疑っていた。一応、あいつらの会話を聞いて納得はしていたが、念のためもう一度見せて嘘じゃないことを証明しておいたのである。
「……仲、良さそうね」
「ああ、そうだよ。仲は良いと俺は思っていた……小学生のころから、友達だったんだ。片思いしていた女の子でもあった。勇気を出して告白して、つい二週間前に付き合ったばかりの、恋人だった」
そう言って、スマホの写真をスライドさせる。
「――っ」
再度画面に出てきた、武史と香里の行為場面。
それを見て、花菜さんの表情が凍り付いた。
「気付かなかった。武史が、うちに女の子を連れ込んでいたなんて……」
花菜さんはそもそも、武史と香里が自分の家でそういうことをしているとすら把握してなかったらしい。おっとりしている人なので、武史が内緒で女を連れ込んでいることを知らなかったのだろう。
だから抱き合う二人を見てあんなに驚いていたのか。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
花菜さんが知っていようが、知らなかろうが、どっちでもいい。
「ごめんなさい」
謝られたって関係ない。
そもそも、謝られたところで意味がないのだから。
「本当に、ごめんなさい」
「……別に謝らなくていいよ」
「で、でもっ」
「だから、謝らなくていいって言ってるだろ!」
大声を出して、威圧する。
花菜さんの申し訳なさそうな顔は、もう見たくない。
だって、
「あんたが謝ったところで、関係ないんだ」
俺は、信頼していた親友と、最愛の彼女に裏切られた。
その事実は変わらない。
俺の、この気持ちを晴らすには……やっぱり、二人を糾弾するしかない。
そんなことは分かっている。
だけど……花菜さんがソファから降りて、土下座までしたものだから、動けなくなってしまった。
まるで、子供の罪は、親の罪でもあると、そう言わんばかりに。
「うちの息子が……本当に、ごめんなさい」
深々と、頭を下げる花菜さん。
その姿を見ていて、心が痛まないわけがなかった。
つくづく俺は……甘すぎる。
辛そうにしている花菜さんに共感してしまい、同情してしまっていた。
そんなんだから俺は、あいつらに裏切られるのだ――。
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