二十一話 過保護なところも素敵な母性
そんなこんなで、時刻は午後を迎えた。
小一時間ほど花菜さんに甘やかされていたけれど、そろそろ帰宅しないといけない時間になったようである。
「巧くん、ごめんね? 自宅の家事もまだ残ってて……武史はどうでもいいんだけど、一華のためにいろいろやってあげたいから」
「はい、もちろん大丈夫です。今日はありがとうございました」
もう十分、甘やかしてもらった。
俺としてはかなり満足した時間を過ごせたと思う。
でも、花菜さんはどこか後ろ髪をひかれるかのように、名残惜しそうだ。
「……明日からは、ちゃんと学校に行ける? 無理なら、休んでもいいわよ。私もそばにいるわ」
「そこまでしなくても大丈夫ですよ。明日からは、また頑張ります」
花菜さんにはたくさん元気をもらった。
おかげで、武史や香里とも顔を合わせる勇気が出てきたのである。
「それに、花菜さんもお仕事あるんですよね?」
「……休むわ。巧くんのこと、まだちょっと心配だもの」
もしかしたら、花菜さんの母性が爆発しているのだろうか。
少し過保護な一面もあるのだろう。その優しさはありがたく受け入れつつも、これ以上は大丈夫としっかり首を横に振った。
「また辛くなったら、花菜さんに甘えて癒してもらいますので……ちゃんと向き合って、乗り越えたいと思います」
あいつらから逃げたくない。
あんなクズたちのせいで、仮に恋愛に対してトラウマができたりしたら――そんなの、心から嫌だ。
これ以上、俺の人生を歪ませたりさせない。
トラウマにならないよう、ちゃんと正面から向かい合って乗り越える。
それこそが、俺にとって一番幸せなことなのだ。
と、いう決意を伝えたら、花菜さんはしっかりと受け止めてくれた。
「そうなのね。ええ、分かったわ。夜なら来れるから……その時に、また色々と話を聞かせてね?」
まだ心配はしているように見える。
でも、信じて見守ってくれるらしい。
こういうところも母親らしくて、なんだか素敵だなと思った。
「じゃあ、私は帰るわね……何かあったら呼んでね? すぐに駆け付けるから」
そう言って花菜さんは帰り支度を始めた。
そして、帰り際。
「あ、そうだ。申し訳ないけど、一華のこともよろしくね……学校が終わったら来るって言ってたから」
しっかりと娘のことをお願いされたので、今度は気を引き締めて背筋を伸ばした。
「はい。花菜さんに癒された分、一華ちゃんを元気づけます」
「うふふ♪ お兄さんらしいことを言って、素敵だわ。じゃあ、また明日の夜に来るから」
最後にもう一度、花菜さんは俺のことを軽く抱きしめてから家を出て行った。
「はい。ありがとうございました」
その後ろ姿に手を振って、玄関の扉が閉まるまで見送ってから……ちゃんと花菜さんが帰ったことを確認して、俺は自分の胸をギュッと抑えた。
「……やっぱり、一人は静かだなぁ」
花菜さんの前では、少し強がっていたのだろう。
一人になって、痛いほどに静けさを感じて、唐突に寂しさを覚えた。
ここ二日はずっと誰かがそばにいたおかげなのだろう。
一人はやっぱり、心細い。
でも……洋服から、花菜さんの優しい匂いが漂ってきて、心が落ち着いた。散々抱きしめられたので匂いが移ったのかもしれない。
よし……明日の夜、また花菜さんに会えるし、これから数時間もすれば一華ちゃんも来るのだ。
落ち込む必要なんてない。
そう思って、とりあえず……一華ちゃんが来るまでは、ゆっくりと過ごすことにするのだった――。