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二話 泣きたいのはこっちなのに

 俺の恋人と幼馴染が浮気している。

 今、この家の二階では、あいつら二人が交わっている。そこに直接出向いて、二人を糾弾したいところなのだが……あいつの母親である花菜さんのせいで、少し手間取っていた。


「私たちは前の夫に浮気されて、辛い思いをしたの。あの男に捨てられたせいで、とても苦しい思いをしたのよ? そんな、まさか……武史に限って、そんなこと――!」


 武史が俺の彼女と浮気している。

 そう告げると、花菜さんは表情を一変させた。


 今度は花菜さんが俺を押しのけて階段を上がっていった。

 自分の目で見ないと信じないと、そう言わんばかりに。


「ちっ……!」


 そっちの事情なんてどうでもいい。どうでもいい、はずなのに……!


 でも、そうか……浮気されたから、花菜さんは女手一つで子育てしていたのかと、同情しそうになる自分がいた。


 幼い頃の話だが……時折、食材がないと言って我が家に来て、余りものでいいから分けてくれないかと俺の祖父母にお願いしていたことも、ふと思い出した。


 子育ても多忙であろう中、花菜さんはパートに明け暮れていた。そんな花菜さんを心配していたのか、祖父母が生きていたころはよく面倒を見ていたなぁ……ということまで、思い出した。


 可哀想だなんて、思う必要はない。


 だって、今の状況で可哀想なのは俺だろ?

 ずっと好きだった初恋の彼女を、信頼していた幼馴染の親友に奪われたのだ。


 悲惨なのは、俺だ。

 お前らの事情なんて、どうでもいい……!


「――うそ、だ」


 でも、花菜さんの顔を見てしまって、怒りが萎えていくのを止められなかった。

 なんで、あんたが俺より辛そうにしてるんだよ……。


 二階に上がって、扉を微かに開けて中の様子を確認した花菜さんは、絶望したかのように顔面を蒼白にしていた。


 恐らく、裸の二人を目撃したのだろう。

 でも、まだ何かを信じているかのように……いや、縋り付くような目で、俺を見ていた。


「……あの子、本当に彼女なの?」


 たしかに今のところ、俺が勝手に状況を説明しただけだ。

 あの女が俺の彼女じゃなければ、武史はただ性行為をしているだけ、ということになる。


 恐らく、花菜さんにとってそれは、とても重要なことなのだろう。

 さて、どう説明したものか――と、考えていたところだったのだが。


「ははっ。お前、酷い女だなw まだ付き合って二週間だろ? 浮気してんじゃねぇよ」


 声が聞こえた。

 覗き見られているとは夢にも思っていないのだろう。

 武史の声が、こちらまで届いてきた。


「えー? 浮気なんてしてませーんw バレなければ浮気じゃないし~」


 そして今度は、女の方の声が聞こえてきた。

 この声は……あの子の声だ。小学生のころから、ずっと好きだった――円城香里である。


 やっぱり、見間違えなんかじゃなかったんだなぁ。

 声を聞いて、確信した。わずかな可能性さえも消え失せた今、いつ扉を蹴破ってもいいのだが。


 しかし、花菜さんの顔色がどんどん悪くなっていて……それを見てしまったせいなのか、足が動かなかった。


 この人、このままだと死ぬんじゃないだろうか?


 そんな顔をしていたのである。


「ってか、巧はあたしのこと信じてる(笑)って言ってたから。浮気なんて疑うわけなくない?」


「まぁ、あいつは純情だからな。でも、俺の誘いに簡単に乗るとか、さすがにビッチすぎるだろw」


 会話はしばらく続く。

 扉が開いていることにも、階段を俺たちが上がってきた音も、聞こえないくらいにはお互いに夢中になっているようだ。


「はぁ? 親友の彼女に欲情するそっちがクズなだけでしょw 武史君ってモテモテだし、あたしなんかが狙えないと思って巧で妥協してたのに……そっちがその気になったら、仕方なくない?」


「いや、意外にお前の胸が大きかったから、なんかムラムラしたんだよ。付き合うつもりはねぇからな」


「あたしだって、あんたみたいなクズはごめんだし~。セフレで十分って感じ?」


「やっぱりビッチじゃねぇかw おら、続きやるぞ――」


 ……と、まぁこんな感じで。

 これ以上は聞く必要もなかった。説明する手間も省けて何よりだよ。


 さて、先ほどまでは怒鳴り込もうと思っていたのだが……なんだか、そんな気分にはなれないわけで。


 好き勝手言われすぎていて、呆れてはいる。

 だが、それよりも……目の前で泣き崩れた花菜さんを見ていると、感情が萎えるのだ。


「そんな……武史が、そんなこと……うぅっ」


 口を抑えてなお、漏れ出る嗚咽。

 そうやって辛そうにするのは、ずるいと思った。


「……泣きたいのはこっちだよ」


 そうは言っても、涙なんて出てこない。

 でも、そんな俺の代わりだと言わんばかりに。


「ごめんなさい……巧くん。本当に、ごめんなさい……っ」


 花菜さんが謝りながら、大粒の涙をこぼしていた。

 それを見てしまった以上、もう何もする気になれなかった――。


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