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十四話 裏切られたのは一人じゃない

 一華ちゃんはまったく悪くないのに、深々と謝罪していた。

 もちろん、止めようと思った。だけどそれをさせてくれない勢いで彼女が言葉を続けたので、制止する間もなかった。


「たくみにぃ、あの人のことずっと好きだったんだよね……」


「え? な、何で知ってるの?」


「……覚えてないの? わたしが小学生五年生のころ、自分で言ってたのに」


「俺が? 一華ちゃんに?」


「うん。『俺、香里ちゃんって子が好きなんだけど、どうすれば振り向いてくれるかな』って、わたしに相談してたよ?」


 ……一華ちゃんが五年生ということは、俺が中学一年生の時か。

 まったく覚えていないので日常会話の一つとして話したのだろうか。


「一途だよね。『小学生のころからずっと好きだ』って……だから、陰ながら応援してた。兄貴から、最近ようやく付き合って喜んでるって聞いて、わたしも嬉しかった。それなのに、なんで……っ」


 俺の近況も、武史から聞いていたらしい。

 と、いうことはつまり……香里の存在も、俺の状況も知っていたからこそ、二人がホテルに入っているところを見て、色々と察することができたのか。


「……最低だと思う」


 普段は明るくて、無邪気な笑顔が印象的な愛らしい少女。

 それが、五味一華ちゃんである。


 しかし、今は違う。

 俺が見たことないくらい冷たい無表情で、感情の宿らない声を発していた。


「兄貴のこと、心から……軽蔑する」


 ともすればその嫌悪感は、母親の花菜さん以上である。

 思春期の少女にとって、武史の行為は生理的に受け入れられないのだと思う。


「もし、友達でそういうことしてる人がいたら、わたしはその人と縁を切る。まともじゃないよ……人の気持ちを何だと思ってるの? 信じられないし、理解できないし、まったく共感できない。こんな最低な行為を……わたしの身内がやっているなんて、ムリだよ」


 武史と一華ちゃんの仲は、兄妹としてうまくいっていたはず。

 まぁ、少し武史の愛が強すぎるというか、妹に過保護な傾向こそあったものの、二人の関係は良好だった。


「兄貴は、ちょっと変なところもあるけど、なんだかんだ……優しいって思ってたわたしが、バカだった」


 ……裏切られたのは、俺だけじゃない。

 一華ちゃんも、そして花菜さんも、武史には裏切られたのだ。


 優しくて、善良で、だからこそ繊細な二人にとって……あいつの行為は決して許容できるものではなかった様子である。


「こんなことになるなら……わたし、たくみにぃのそばに居たかった」


 後悔の念は、更に遡っているようで。


「それって、どういうこと?」


「……たくみにぃの恋を邪魔しないように、わたしはたくみにぃから離れたの」


 今まで、俺は一華ちゃんと疎遠になったことをたびたび不思議に思っていたのだが……その理由が今、ついに明かされたのである。


「香里さん?って人に勘違いされたくなかったし……あと、兄貴もいるから、たくみにぃのことは任せても大丈夫って、思って」


 先程、一華ちゃんは小学五年生のころに俺と話したのが最後と言っていた。その時期は、俺が彼女に香里のことを教えたのと同じ頃だ。


 やっぱり、一華ちゃんは優しい……俺のことを色々と考えていてくれたみたいだ。


 だが、その判断は間違いだったと、彼女は悔しそうに表情を歪めていた。


「こんなことになるなら、わたしがちゃんと見守ってあげるべきだったね……たくみにぃ、ちょっと抜けてるところがあるもん。すぐに人を信じちゃうし、警戒心もなくて……わたしがちゃんと隣にいてあげたら――守ってあげられたのに」


 俺ってそんなに無防備に見えるのだろうか?

 まぁ、言われている通り、武史や香里の本性に気付かない部分もあるので、否定はできなかった――。

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