十二話 男の子が元気になる魔法のおまじない
武史と香里の浮気場面を思い出して、思わず吐きそうになった。
しかし、一華ちゃんの前で吐くわけにはいかない……床にうずくまることで、なんとか嘔吐感に耐えていたのだが。
恐らく、俺の様子が激変したからだろう。
一華ちゃんは慌てふためいていた。
「たくみにぃ!? だ、大丈夫? ううん、大丈夫じゃないよねっ……その、言うか言わないか迷ったんだけど、こればっかりは、ちゃんと言わないといけないと思ったの……でも、でもぉっ」
自分のせいで、俺が苦しんでいると勘違いさせてしまっているのだろう。
涙目になって、うずくまる俺の背中をさすってくれていた。
もちろん、こうなっているのは一華ちゃんのせいなんかじゃない。
悪いのは、あいつら二人である。
(ふざけんなっ。あのクソ野郎、妹にまで変なところ見せるなよ……!)
そして、武史には余計に腹が立って仕方なかった。
あいつの不用意な行動のせいで、花菜さんと一華ちゃんが巻き込まれてしまっている。
花菜さんは大人なので、まだいい。いや、良い理由はないのだが、それでもあの人は人生で色々な経験をしているわけで、大きなショックにもうまく対応する術を持っているはずだ。
でも、一華ちゃんは中学三年生だ……この年齢の子に、生々しい場面を見せていいわけがない。
その結果、案の定と言うべきか……一華ちゃんは混乱しているように見える。
「や、やっぱり、何も言わない方が良かったかな? たくみにぃにとっては、辛いことだもんね……ごめんね? わたし一人だと、どうしていいか分からなくて……ごめんね、たくみにぃ」
隣であたふたとしていた。
彼女が悪いわけではないのに、しきりに謝っている。
俺に伝えるのも迷ったみたいだが……まだ高校生にもなっていないのだから、一人でこの問題を抱えるのは良い選択とは思えない。
もちろん、一華ちゃんは悪くない。ここは年上として毅然に振舞って、せめて少しでも彼女のショックを和らげてあげたい。
だが、吐き気がなかなか収まらなくて、未だに何も言えなかった。
嘔吐したら、きっと一華ちゃんは余計にショックを受けることだろう……これ以上傷つけたくなくて必死に耐えていたのだが、ついに一華ちゃんの方がちょっと変になってしまった。
「そ、そうだ! おっぱいだ……友達が言ってたの! 『男はおっぱいを揉めば落ち着く』って!」
そのお友達、大丈夫だろうか。
他にも悪いことを教わってないだろうか……という心配は、後ですることにしておいて。
「ほら、たくみにぃ? おっぱいだよ……触れる? 落ち着くまで、いっぱい揉んでいいからね?」
そう言って、うずくまる俺に一華ちゃんが体を押し付けてきた。
柔らかい感触が、顔の側頭部に当たっている……正直、一華ちゃんをそういう対象として今まで一度も見たことないので、かなり困惑した。
というか、一華ちゃんにそういうことをさせている自分が、なんだか許せなかった。
(こんな年下の子を、悲しませるなよ……!)
いちいち傷つくのは、もうやめろ。
花菜さんはまだ年上だから、甘えてもいいかもしれない。それがあの人にとっても、贖罪となって罪悪感を軽くしているのだから。
だけど、一華ちゃんに責任を押し付けるのは、違うだろ。
これを口実に一華ちゃんを利用するという行為は……人間としてどうかと思った。欲望を抑えられないなら、あいつらと一緒だ。
武史や香里のようなクズに、俺はなりたくない。
「すぅ、はぁ……」
息を整えて、腹に力を込めた。
しっかりしろと自分を叱咤して、こみ上げてくる胃酸を強引に飲み下す。喉の奥が焼けたように熱いが、それに耐えて奥歯を噛みしめた。
そうやって、自分に喝を入れたおかげだろう。
ようやく、吐き気が軽減して……なんとか、声が出せるようになった。
「……ごめんね。もう、大丈夫だから」
そう伝えて、そっと体を離す。
しっかりと顔を上げたことで、一華ちゃんもようやく安心してくれたみたいだ。
「よ、良かったぁ……やっぱり、おっぱいのおかげかな? うぅ、おっきくて良かった……!」
いや、違う。
決して胸を触ったから、というわけじゃない。
でも、いや……状況だけ見たら、たしかに一華ちゃんの胸に触れてから元気になったので、そう認識されてもおかしくはないのか。
まぁ……うん。
吐き気に耐えられたのは、一華ちゃんのおかげであることは間違いないのだ。
だからここは否定せずに、そういうことにしておくことにした。
一華ちゃん……本当に、ありがとう――。
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