聖女
「セレフィアム様の着ていた服に、土が?」
「髪には草原の草が絡んでいました」
「変ね、あの部屋にはそんなものは何も無かったはずだけれど」
メイドからの報告を受けて、メリダは訝しんだ。
だが報告はまだ続く。
「それを兵士が議長へ報告したようです。議会から室内の備品について問い合わせがありました。また、議長の名でセレフィアム様に室内での事について直接質問をしたいと申し出がありました」
こんな時に、とメリダは苦々しい思いで内心舌打ちをする。
議長の息がかかった兵士が何人も送り込まれている事は気がついていたが、神殿側に隠すような事は何もない。
痛くもない腹を探られるのは業腹だが、こちらの邪魔になりさえしなければと放って置いた。
だが、そろそろ議会にも分を弁えてもらうべきかもしれない。
確かに、神殿は聖女の在り方を歪めている。
それは事実だ。
本来、子育てを終え孫もいる年齢の、魔法の才に優れた人物に立候補者がいる場合のみ、都市の守りとして装置の中に入ってもらう。
それが初代聖女、ターニャ・ソーリャの作り上げた都市の決まり事だった。
立候補者は女性とは限らない。
けれど、初代から数代続けて立候補者が女性だったため、そして彼女たちが敬意を込めて『聖女』と呼ばれたため、装置の中に入って冷凍睡眠につくのは女性に限られる、という不文律のようなものができた。
実際、女性の方が市民を分け隔てなく守ろうとする立候補者が多かったこともある。
当初、立候補者たちは精神鑑定でふるいにかけられ、議会で聴聞を受け、審査を通過することで都市の守りとなる権利を得た。
それは名誉であり、誇らしいことであったのだ。
その家族は、眠りについた身内のため、都市をより良いものとするために議会の席を与えられた。
その地位は3代までと決められていたのは、際限なく議員が増えることを防ぐ措置である。
だが、今度のように大きな事故や災害があったさい、都市の守りである彼女たちは大きく力を使い、残った寿命を使い果たしてしまう事があった。
そもそも、都市の結界は初めの頃、常にそこにあるものではなかった。
対象年齢となる候補者がいない場合、都市の守りは機能せず、無防備な状態となる。
無防備都市とは、もともとその状態のソーリャのことを指した。
次の立候補者の準備が整うまでのわずかな間。
愛する人々との、これから守るべき人々との別れを惜しむ、ほんのわずかな間、ソーリャはそう呼ばれたのだ。
あるとき、次の立候補者の女性が1人しかいない、しかもまだ年若い女性だったことがあった。
立て続けの災害や大きな事故で、装置に入った女性たちが次々と寿命が尽きていったためだ。
彼女は議会の議長席についたばかりの、カリスマ性のある人物の妻で、1人目の子どもを妊娠中だった。
議会は、お腹の子どもを救うという名目で、守りとして選ばれる人物の条件から『立候補であること』というひと文を削った。
これにより、『聖女』は『推薦で選ばれる』ことが可能となったのだった。
その昔、街には魔力の高い者が多くいた。
高い魔力のある者は自然、神殿へと集まってくる。
神殿の人々は、自分の家族が都市に身を捧げるのを嫌がった。
議会に席を手に入れる必要などない。
なぜならそういった立場に選ばれるような人物は、たいてい魔力に恵まれ、神殿でも高い地位を築いていたから。
神殿は、議会が候補者の条件から『立候補であること』を削るのを認める代わりに、その選定は神殿に一任することというひと文を付け加えさせた。
そこには、魔力の高い孤児を選ぶという表に出ない約定があった。
そうして聖女に選び出されたのは、身寄りのない少女たちだ。
それが若ければ若いほど、次の聖女を選ぶまでの時間が伸びる。
いつの間にか、聖女が眠りにつくのは15、6才まで年齢が下がっていた。
議会はそれを市民に隠し、情報を操作する協力をして、神殿に恩を売っている。
所詮、同じ穴のムジナであるというのに。
神殿は家族を奪われる心配をせずにすみ、そして議会の議員はその地位が完全な世襲となった。
聞こえのいい話ではない。
メリダにも後ろめたさはあり、考えないよう、思い入れを持ったりしないようするのが常だった。
だから、メリダを含めセレフィアムの身の回りの世話をするものは多かれ少なかれ彼女に甘くなっている。
それが良くなかったのだろうか。
メリダは議長が来るよりより先に、セレフィアムに事情を訊いておかなければと眉間に皺を寄せた。