エピローグ
本日は2話投稿しています。
こちらが2話目です。
ソーリャの結界は収穫祭を終えた次の日、解除された。
この街がこれからどうなって行くのか、誰にも分からない。
結界が無くなったソーリャの状態をして『無防備都市』と呼ばれ続けるのか。
それともまた他の名前をつけられるのか。
どちらにしても、旧時代の文明を引き継ぐソーリャには、これからも人や物が集まり続け、にぎやかに発展していく事だろう。
秋晴れの気持ち良い空の下、祭りの高揚感を脱ぎ捨てて日常へと戻っていく人々が、続々とソーリャを離れて行く。
草原を大きく囲む壁を見物ついでに、それぞれの生きる場所へと。
彼らの話題は、聖女たちの事、無くなった結界の事、新しい壁の事、ずっと独身だった神官が若い妻を迎えた事、その2人の養女になった、解放されたばかりの最後の聖女の事だった。
最後の聖女となったセレフィアム・ターニャ・ソーリャは、都市王と婚約、数年後に盛大な式を挙げる予定なのだという。
その時にはまた来ようと話し、笑い合う人々。
彼らにとって、今回の収穫祭は思い出に残る楽しいものであった事は間違いがないようだった。
「本当に、もう少しゆっくりしていかなくていいのか?」
「ああ。本格的に冬が来る前に、帝国へ渡っておきたいんだ」
「春になってからじゃダメなのか?」
「俺はそれでもいいんだけど」
言って、ソウルはツェツェーリアを見る。
ツェツェーリアは今は子猫の姿で、こげ茶の背に乗って大きなあくびをしている。
「早く色んなところに行って、旅をして回りたいんだってさ」
「まあずっと寝てたからな。体力が有り余ってんだろ」
トゥインのその言い草に、子猫が「ふしゃーっ!」と威嚇する。
それを気にもせず笑い飛ばし、トゥインは真顔をソウルに向けた。
「魔女の森には寄らないのか?」
「念話で会話してるから、離れてる気がしないんだってさ」
「便利だなあ」
呆れたように口をへの字にする様子は、それを決していいとは思っていない事がうかがえる。
ソウルはそれに笑って、
「ずっと長い間、母親と2人っきりで、父親から奪った形だったのを気にしてるみたいなんだ」
「割と可愛いやつなんだな」
「ツェーラはいい子だよ」
「まあそれは認めるよ。でもたまには顔を見せろよ。成人したら俺もどっかよそに行くかもしれないけど、行き先は分かるようにしとくから」
「うん」
5年。
たった5年。
それでも、子どもだったソウルにとっては長い長い5年間だった。
その5年、トゥインは最初から最後までソウルの友人でいてくれた。
どちらからともなく右手を出し、握手を交わす。
「また」
「ああ、また」
それだけで、2人は別れた。
いつかまた、会う事もある。きっと。
それまでは、きっと元気で無事でいると、疑う事すらないのは若さの特権だ。
人々の流れの中に消えて行く人と馬、そしてついでに子猫の姿を見送り、トゥインは遠くに見えるソーリャの街へとゆっくりと歩き出した。
『もう少しゆっくりしたほうが良かった?』
『いいや。どうして?』
『ソウルはまだみんなと一緒にいたかったのかなって』
念話で話しかけられて、ソウルは声を上げて笑った。
早く出かけようと落ち着かなかったのに、今更だ、と。
『みんなと一緒にいるのも楽しかったと思うよ。それはツェーラもだろ?』
『うん』
『でも、いつまでいてもきっと楽しい。そして、いつかは旅に出なきゃいけない。なら、今日出るのも明日出るのも、来年の春まで待つのも一緒だよ。そして、旅に出るのもとても楽しい』
子猫が馬の背から顔を上げてソウルを見つめる。
ソウルは子猫に向けて笑顔を見せた。
『わくわくするだろ? ツェーラ』
一瞬、目を大きく見開いて、ツェツェーリアは機嫌良く「にゃあ!」と鳴く。
『帝国へ行って、公爵様にお礼を言って、そしたら次はどこへ行こうか。行ってみたいところはある?』
『ある! 砂漠でしょ、荒野でしょ、真っ白い段々になってる温泉でしょ、熱帯雨林でしょ、それから、それから……、いっぱいあるけど、最初は海!』
『海ならもうすぐ見れるな。海で何がしたい?』
『カニとエビとホタテ! 焼いて食べるの!』
『よし、じゃあ急いで海まで行かないとな!』
『うん!』
秋風が吹き抜ける。
冬はすぐそこ。
けれど、ソーリャを出て街道を行く人々の顔には、喜びが満ちあふれていた。
〜 完 〜




