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無防備都市  作者: 昼咲月見草
帰り着く場所

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88/89

アナスタシア

 今はまだ午後を過ぎたばかり。

 夜になれば彼女は目覚めるのだと分かれば、仕事も手につかない。


 エドガーは夜まで地下でアナスタシアを待つつもりで、午後の仕事をキャンセルした。


 もともと魔力を譲り渡すために仕事のほとんどを他の神官へ回していたのだ。

 引き継ぎを滞りなく済ませ、あとは全て任せて地下へ行くエレベーターに乗った。



 地下に着くと、すっかり慣れた低い機械音がずっと響いている。

 だがなぜか、いつもよりも室内が暗いような気がした。

 人工知能のモニターも消えてしまっている。


 何かトラブルだろうか、とひやりとした。


 足早にアナスタシアが眠る装置へ近づくと、その前に誰かが立っている。


 長い髪の、背の高い女だ。

 こちらに背を向けているので誰かは分からないが、薄暗い中で1人、佇んでいる。

 女が振り向いた。


 機械のわずかな明かりに白い肌がまばゆく輝くようで、エドガーは息を呑んだ。


 女は裸だった。


 一糸纏わぬ姿で立っている。


 豊かな双房に、大きくくびれた腰。歳の頃は20才くらいだろうか。

 知らないはずの相手なのに、エドガーはその女性の顔に見覚えがあった。



「アナスタシア……?」



 女はにっこりとエドガーに向けて笑う。



「久しぶり、エドガー」


「なぜ、なぜあなたは、その姿は……」



 アナスタシアは15才で冷凍睡眠(コールド・スリープ)装置の中に入った。

 少し大人びた表情をしはしても、その姿は常に15才のときのままだ。


 だが今、エドガーの目の前にいる彼女は大人の女性の姿をしている。



「魔女の娘にお願いしてね、体をいろいろ作り直したの。おかげでちょっと時間がかかっちゃった」



 アナスタシアは動揺するエドガーに近づいてきて荷物を受け取ると中身を確認した。



「そうそう、服が必要だったのよね、ありがとう」



 そしてエドガーにぴたりと体を寄せるとその頬に触れる。

 背の高いエドガーを見上げて、アナスタシアは微笑むとそっと唇を重ねた。


 エドガーはそれで正気に戻った。



「アナスタシア、その姿はどうしたのです」


「気に入らない?」


「気に入らないとかではなく、何か理由があったのでしょう? 一体どうして……」


「だってセレフィアムの母親になるのに、いくらなんでも15才のままじゃまずいかなって」


「は?」


「15年前はね、ほらあの子、ウォーダン。あの子が迎えに来るまで頑張れば、セレフィアムもちょうど年頃ぐらいでいいんじゃないかなって思ってたのよ。でも今はどう考えてもうちの子、まだ12、13でしょ? しばらく家族水入らずで過ごしたいって言えば我慢してくれるかなって思ったの」



 エドガーは大きくため息をついて額を押さえた。



「あなたはまたそんな事で……」



 アナスタシアはくすくす笑いながら、エドガーの首に腕をからめる。



「それに、この見た目ならあなたと並んでもおかしくないでしょ?」



 エドガーは目を見張ってアナスタシアを見つめた。

 形の良い唇は、いつもの我儘でいたずらな彼女の笑みをそのままに、大人の女性の色香を漂わせている。



「ねえエドガー、わたしと結婚してくれる?」



 唐突に告げられたその言葉に、エドガーは困ったように笑った。



「普通それは、男性側が言うものですよ」


「だってわたしもうかなりのお婆ちゃんだもの。待ってたら若い子には誰からも相手にされないわ」


「あなたなら誰からも愛されますよ」


「でも待つのは好きじゃないの。ずっと動けなかったから、もう我慢とか忍耐とか絶対しない」



 果たして彼女は我慢などした事があったのだろうか。

 いや、聖女となった事自体が我慢で、それが限界だったと言われればそれまでだ。

 エドガーは苦笑してアナスタシアを抱きしめた。



「結婚は我慢と忍耐の連続だそうですよ」


「何それ。エドガーはわたしを幸せにしてくれるでしょう? 我慢も忍耐も必要ないくらい」


「努力します。それで許してくれませんか」


「しょうがないわね。わたしが嫌になってどこかへ行かないように気をつけてよ?」



 くすくす、とアナスタシアの笑い声が響く。



「仰せのままに、聖女様」


「うむ、苦しゅうない。では褒美をつかわす」



 アナスタシアはおどけて言いながらエドガーに口付けた。



「もらってくれる? エドガー」


「謹んで」



 アナスタシアが満開の牡丹の花にも似た、艶やかな笑みを満面に広げる。

 エドガーは腕の中の大切な宝物を、大事に大事に抱きしめた。









「エドガー、もうお母さんと会えたかなあ」


「多分、会えたと思うよ」


「ケンカしてないといいけど」


「アナスタシアと神官サマ、そんなにしょっちゅうケンカしてたの?」


「エドガーはすぐお説教するから」


「ああ、あの神官様、細かいこと口うるさく言いそうだよな」


「すっごい細かいしすっごいうるさいし、わたしは見たことないんだけど、前いた議員の人とかと話すと、すっごい嫌味ったらしい話し方とかするんだって」



 想像できるわ、とトゥインが顔を引き攣らせる。

 そこにソウルが疑問を投げかけた。



「最初は2人きりにしてあげようって、誰が言い出したんです?」


「ウォル」



 全員が一斉にウォーダンを見た。



「多分大丈夫だ」



 そう言った将軍様は、はたから見ると少年少女組の保護者のようにしか見えない。

 年長者としては、目覚めて会話できるようになったばかりのアナスタシアから命令されたとは言いづらいものがある。

 ウォーダンは黙秘を決意し、それ以上は口にしなかった。



「まあ、ケンカするほど仲がいいって言いますしね」


「そうなの? でもわたし、ウォルとケンカした事ないよ?」


「あたしもソウルとした事ない」


「必ずしもそうじゃないよ」



 ソウルがツェツェーリアに優しく話しかける。

 トゥインはそれを見ながら、扱いが妹に対するものと全く変わらない、と内心で魔女の娘を哀れに思った。


 愛だの恋だのと分からないうちからあれだけ甘やかされて、果たして他の男とまともな恋愛などできるのだろうか。

 すれ違いの多そうな2人の未来に幸あれと、串肉をひとくち、適当に願った。










本日は2話投稿、1話目は17時、2話目は18時に投稿します。

また、次話のエピローグが最終話となります。


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