祝祭前夜
それから、ウォーダンとエドガーはしばらく大忙しだった。
なにしろ、旧文明の時代に地下に埋められていたという事は、災害時になんらかの影響を受けていたということだ。
人工知能のある地下施設もかなりのダメージを受けていて、そちらを優先して修復したため、他までは手が回らなかったという話もある。
大災害によって魔法の力を持つ大地が地下深くから地上へと姿を現したさい、多くの旧文明の施設が破壊され、魔法の大地の代わりに地下へと姿を消していった。
だが中には、破壊されながらもそのまま地上に残ったものもある。
ソーリャはそういったもののひとつだ。
ソーリャを守るはずだった壁は、地震などで壊れても優先的に自動修復されるようプログラムされていた。
部品もエネルギーも足りない中、長い年月をかけて、壁は完璧に修復されていたが、問題が何もなかったわけではない。
地上部分に建物はないが農地になっていたり、避難民のキャンプになっている場所もある。
また、旧文明の頃よりも深くにあり、地上に出すには調整をかける必要もあった。
毎日のように草原へ出掛けていく2人だが、その頃、少年少女組は何をしていたかといえば、ソウルはツェツェーリアとセレフィアムによってソーリャの街を見物しに行っている。
トゥインはソウルに声をかけられる前に、「神殿で寝泊まりしてるから仕事があるんだ」と真面目な顔で言って走って逃げた。
それを哀れに思ったエドガーが、「よろしく頼む」といくばくかの小遣いをソウルに渡したが、いずれセレフィアムとアナスタシアもこれに加わるのだと思うとひと事ではなかった。
そうこうしながら3ヶ月、ようやく全ての壁の位置を正確に把握し、地上へ出す手配を済ませたウォーダンとエドガーは、ソーリャの住民へ結界の解除と聖女の解放を知らせた。
それは、秋の収穫祭。
日中のうちに壁を地下から地上へと出し、問題がないかを目で確かめ、夜に聖女を解放する儀式を行う。
誰の目にも聖女の姿が見えるようにし、天へと還っていく聖女の魂に感謝を捧げ、そして2度と彼女たちのような犠牲を出さないとひとりひとりが願う、そういう日にしたい。
2人はそう考えていた。
「セレフィも収穫祭初めてなんだよねー」
椅子に座り、足をバタバタと楽しげに動かしながら、ツェツェーリアが言った。
「そうなのか? でもセレフィアム様はソーリャ生まれのソーリャ育ちだろう?」
最近トゥインはセレフィアムに対しても遠慮がない。
もともとの性格という事もあるが、聖女としての態度を一切取らないセレフィアムのせいでもあった。
そしてそのセレフィアムは、トゥインのこの質問に笑って返す。
《ずっと聖女だったから、お祭りの実際の様子って知らないの。そういう時は大体広場で祈ってるから》
「まあ確かに、聖女様が街中に現れたら騒ぎになるよな」
《だからね、すごく楽しみなの》
収穫祭は3日続く。
その最初の日に壁を作って聖女を解放、晴れて自由となったセレフィアムにも祭りを味わってもらおうというエドガーと神官たちの親心だった。
「だけど、いくら聖女でなくなったからって、街に出たら覚えてるヤツだっているだろ。危なくないのか?」
「危なくないよー、変なヤツはあたしがぶっ飛ばしちゃう! それにソウルもいるもんね、ね!」
「ああ」
「まあ、あの都市王様が一緒にいるんだろうから平気だろうけどな。俺は勘定にいれるなよ。お前らみたいに腕っぷしは強くないからな」
《大丈夫だよ、ウォルが普段から街のお店を回ってるから、みんなあんまり気にしないようになってきたって、エドガーが言ってたもの》
「いや、元とはいえ聖女様がいたらみんな見に来るだろって話だよ。それに、その元聖女と都市王が並んで歩いてたらよけい目立つだろ」
《そう?》
セレフィアムがきょとんとした表情でツェツェーリアとソウルを見る。
ソウルは愛想笑いで「どうでしょう」と返し、ツェツェーリアは何も考えずに「大丈夫だよ絶対!」と無責任に請け合ったのだった。
祝祭前日の夜。
エドガーは地下に1人でやって来ていた。
人工知能が作動している事もあるが、ツェツェーリアが地下の部屋に自由に入れる人物としてエドガーとウォーダンを登録したのだ。
おかげで、エドガーもこうして夜の自由な時間にアナスタシアに会いにくる事ができる。
「アナスタシア」
装置の中のアナスタシアは、最後に見たときのまま、15才の姿のまま、ただ眠っている。
返事はないと分かっていても、会いに来ずには、話しかけずにはいられなかった。
「いよいよ明日、あなたも目を覚ますのですよね」
脳裏に浮かぶのは、良い思い出も悪い思い出も色々ある。
特にアナスタシアには困らされる事が多かった。
「明日は感謝祭です。あなたは祭りに行きたいと騒いで、わたしを無理やり祭りに連れ出しましたね。あれの味を教えろ、これを飲めと言っては、その説明では何も伝わらないと怒って……」
エドガーは透明な装置の表面に触れ、目を閉じた。
「お酒はまだ先ですが、ようやく一緒に『食べ歩き』ができますよ……」




