旧文明の壁
地上に戻り、ウォーダンはエドガーと話し合った。
壁はまだ完成していないため、結界を解除するのは時期尚早である。
となると、聖女たちの魂を解放して問題はないのか。
目覚めたセレフィアムとアナスタシアをどうするか。
ウォーダンはこのままソーリャに残るのか。
そして、人々に何をどこまで伝えるのか。
少年少女組はその間、街を見物して回っている。
ツェツェーリアが他の3人を急かして先頭を走って行ってしまったのだ。
大人2人はそれを仕方ないと苦笑して見送った。
知識と力を持つ魔女も、まだ幼い子どもなのだとウォーダンとエドガーはしみじみ思う。
彼女も含めて、セレフィアムもソウルもトゥインも、犠牲にならない社会を作れればいい、そう話し合う2人だったが、その中にアナスタシアが含まれていなかったことに、彼らは最後まで気づかないまま相談を終えたのだった。
日付が変わり、再び地下の人工知能を呼び出したツェツェーリアに、ウォーダンが話しかけた。
「聖女たちについてなんだが」
「うん」
「解放されるさいは、具体的に何が起きるのか予想はつくか?」
「う──ん、多分ね、天に還って行くのが見えると思うよ」
想定外の事を言われて、ウォーダンとエドガーはぎょっとしたような表情になる。
「それは神官たちにか?」
「魔力がある人は全員」
それを聞いたエドガーが頭を抱えた。
「全員、ですか」
「魔力がなくても見えるようにもできるよ」
無邪気にそんな事を言うツェツェーリアに、エドガーはソーリャの空を天へと昇っていく聖女たちの様子を思い浮かべて頬を引き攣らせた。
せめて神官だけなら騒ぎにもならなかっただろうに。
「いっそ、結界を解除するのと一緒に聖女を解放して、誰の目にも映るようにするか」
「それがいいかもしれませんね」
「他にはどうなんだ? 機械が壊れるとか、地震のような揺れがあるとか、そういう事はないのか?」
「それはないよ。この地下にも今と同じに入れるし、施設や街に影響するような事は何も起きないはず」
「そうか……」
ウォーダンは少し考え込んだあとエドガーを見た。
「しかし、壁が完成するのはまだ先だ。一部とはいえ、壁がない状態で結界を解除するのはまずいだろう」
「ですが、結界の解除と聖女の解放を一緒にするほうが、今後聖女を犠牲にしないためには人々の心に残るでしょう」
「それはそうなんだが……」
「壁、できるよ」
ツェツェーリアが唐突に2人の会話に入ってくる。
その意味不明な言葉に、ウォーダンは奇妙な表情で彼女を見た。
「壁ができる?」
「うん。人工知能が正常に作動しだしたから、将軍サマの指示でいろんな事ができるようになってるはず。見てみて」
ウォーダンはツェツェーリアに言われてシステムを呼び出した。
目の前に浮かび上がったウィンドウを操作するが、彼以外には何もない空間で指を動かしているようにしか見えない。
それをツェツェーリアは楽しげに見つめた。
今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
そしてしばらくして、ウォーダンが信じられないと言いたげな様子で「なんて事だ」と呟いた。
「都市の地下のあちこちに倉庫がある。大型の機械が保管されていて、メンテナンスもされている。指示を出せば、人工知能の指揮で問題なく動く。おまけに、地下には巨大な壁まで埋まっている」
「旧文明の都市のシステムだからね。機械がなんでもできるし、人工知能も今よりずっと色んな事ができたんだよ。戦争とかそういうのに備えて、普段は地下に壁を収めてたんだって」
「その壁は街のどの区域にあるのですか?」
「今の都市部よりもずっと広い。旧文明はどういう社会だったんだ」
愕然とする2人の状況を理解できているのはトゥインだけのようで、彼も呆気に取られたように口をあんぐりと開けている。
それをソウルが不思議そうに見ながら、『壁が埋まっているからなんだと言うんだろう』と首を捻っていた。
「壁の正確な位置と、その上の状況を確認して、それから結界を解除しよう」
ウォーダンが全員を見て言った。
「セレにもアナスタシアにも、少しだけ待ってもらう事になる。いいだろうか」
それにセレフィアムが《いいよ!》と明るく答えた。
ツェツェーリアがその隣でにこにこと通訳する。
「いいよ、って!」
壁のモニターでは、人工知能が何も言わず、その様子を見守っていた。




