地下50メートル
ツェツェーリアは聖女の間の入り口のドアに触れ、浮かび上がった光のパネルに何事か打ち込み始めた。
聖女の間の地下深くには人工知能を管理する部屋が隠されており、そこへ行くためには聖女の間のドアで操作を行わなければならないのだという。
しかもその操作パネルを出すためには登録された魔力による認証が必要だと、ツェツェーリアから聞いたエドガーは驚きに目を見開いた。
そんな部屋がある事も、ましてやそんな仕組みがドアにある事も全く知らなかったからだ。
人工知能というものの見た目がどんなものか分からないながら、聖女の間自体がそうなのだと、単純にそう考えていたのだ。
ツェツェーリアが打ち込みを終えると、奇妙な機械音がし、しばらくして聖女の間のドアが開く。
しかしそこには、見慣れた冷凍睡眠装置などはなく、全く知らない小さな白い部屋があった。
「さ、入って入って」
ツェツェーリアはその小部屋の中へと進む。
エドガーとウォーダンは動揺しながら、ソウルとトゥインは興味深げに後に続いた。
ドアが閉まり、ツェツェーリアが壁にあるボタンや数字を押して行く。
それを見ながら、エドガーはセレフィアムに訊ねた。
「この部屋のことは知っていたのですか?」
《ううん。でも地下に秘密の部屋があるのはお母さんから聞いてたよ。でもそこには魔女がいないと入れないって言ってた》
「そうなのですか……」
それを隣で聞いていた魔女の娘が話に入る。
「正確にはね、ここは部屋じゃなくてエレベーターだよ」
再び機械の動作音がして、部屋全体に振動が伝わってきた。
「部屋じゃなくて、箱っていうほうが近いかな。人工知能のある部屋にはここからしか行けない。動かし方を知っている人がいれば、どうにでも操作できちゃうから。特に今は、魔力で大抵の事はできるように変更しちゃったらしいし」
「エレベーター、ですか」
「下へ向かってるのか? 地下ってどのくらい深いんだ?」
「地下50メートルくらい」
「深いな! にしても、そういうのなんで知ってるんだ?」
「お母さんから記憶をもらった。セレフィの記憶もね、夢の中で一緒に見たよ。将軍サマはまだずっと小さかった」
「記憶のやり取りもできんのか。すげえな魔女」
「すごいんだよー」
ツェツェーリアは細い体で胸を張り、嬉しそうに笑う。
ソウルはそれを微笑ましげに見つめた。
そのソウルを、ツェツェーリアが見上げる。
「セレフィはね、将軍サマが助けに来てくれるって言ってたの。その時の記憶を見せてくれてね、いいなあって思った。でも今はあたしにもソウルがいるもんね。ね!」
「うん。大丈夫、ずっとそばにいるよ」
ふふふ、とご機嫌な様子のツェツェーリアの頭をソウルは撫でた。
生まれたての赤ん坊のような少女を任されたのと変わらない状況だが、悪くない気分だった。
頼りにされている、信頼されている。
それに全力で応える自分でありたいとそう思う。
この無邪気でか弱い、自分の力も世間も知らない少女を、大事に守っていきたいと。
運命はある日、突然変わってしまうものなのだ。
それを拒み、狼狽え、過去に囚われたまま、差し出されたものを台無しにしてしまってはいけない。
5年もの間囚われ続けていた怒りは、ツェツェーリアの前に霧散して消えてしまった。
もしかしたら、これこそが魔女の魔術なのかもしれない。
魔女より優先したいものが無くなってしまう、そんな魔術。
だがそれはなんと心地良いのだろうか。
この感情がなんなのか、ソウルにはよく分かっていない。
それこそ、妹に対する気持ちとそう変わらない、そんな気さえする。
だが怒りを手放すまいと生きていた5年と比べて、なんと穏やかで優しい日々である事か。
できれば、長くこんな日々が続けばいいとソウルは思った。
いつかツェツェーリアが本当の恋人を見つけて離れて行くその日まで。
静かな中にわずかな機械音だけが響く。
誰もがなんとなく口をきかず、箱は静かに下へ下へと向かった。
大きな音のあと軽い衝撃があって、ドアが開く。
最下層に部屋についたのだと全員が理解した。
そこはおそろしく高い天井を持つ、広くて明るい部屋だった。
壁は全面が金属でできており、多くは機械が埋め込まれている。
ツェツェーリアがぴょん、と軽やかにドアを出た。
セレフィアムもふわふわと宙を浮きながらその後に続く。
驚きに辺りを見回したエドガーが、そこに探していたものを見つけて声を上げた。
「アナスタシア!」
広い部屋の中央部には、いくつかの透明な冷凍睡眠装置のポッドが並んでいる。
そのほとんどが空だったが、たったひとつ、容器の中に人の姿がある。
15才の美しい少女、それは聖女アナスタシアの肉体であった。




