痛むのは
地震のあった当日、ウォーダンの祖父のテントがある近くまで来て、セレは熱を出して動けなくなった。
気丈に振る舞っていても限界だったのだろうと、ウォーダンはセレをおぶるとテントへ入り寝かせてやる。
街へ行かなければと泣くセレを、ウォーダンは止めた。
「俺たちみたいな子どもが行ったって邪魔になるだけだ。今は休め」
「でも、みんなの役に立たないといけないの」
「セレ、どうしてそこまで……」
困ったように孫が言い淀んだのを、祖父のミーミルが引き継いだ。
「お嬢さん、あんたが思ってるより、あんたの体はショックを受けているんだ。今はうちの孫の言うとおり、ゆっくり休みなさい。明日、明るくなったら街へ送ってあげよう」
ウォーダンの祖父がそう言うのに、それでもセレは自分が情けなくて泣いた。
こんなところで休んでいてはいけないのに。
神殿で、人にために働かなければいけないのに。
セレフィアムは、そのために必要とされて生まれてきたのに。
泣き続ける彼女を、ミーミルは痛ましげに見つめた。
こんな小さな子どもに、この街は一体何をさせているのだろうか。
そして少女のそばで慰めの言葉をかけながら額に濡らした手巾を当てる孫を見やり、この街に定住するのはやめたほうがいいのかもしれない、と考える。
今は世界中どこへ行ってもこんなことばかりかもしれないし、これまで見てきた中にはもっと酷いところだってあった。
けれど、冬中聞こえていた結界の外の悲鳴が、今も耳について離れないのだ。
あれに慣れてしまう事だけは、どうしてもできそうにない。
彼は旅を再開する算段を立てながら、街の子どもを保護している事を伝えるため、街の管理局へと連絡を取るためテントを出た。
翌朝、ウォーダンが熱の下がったセレに水を飲ませていると、セレが突然コップを持ったまま顔を上げた。
「お母さん!」
「セレ? どうかしたのか?」
ウォーダンが声をかけると、セレは嬉しそうに笑う。
「お母さんの声が聞こえるの」
「声?」
ウォーダンは耳を澄ましたが、テントの外の普段と変わらない、朝の支度の音や人々が起き出した生活音が聞こえるだけだ。
セレを探す声は聞こえない。
「俺には特に聞こえないけど……。外を見てこようか」
「ううん、いいの。お母さんがもう連れてってくれるから……。あのね、ウォル、色々ごめんね、ありがとう」
そしてセレは唐突にその場から消えた。
本当にかき消すように、突然姿を消した。
ぱさり、と、体にかけられていた毛布が落ちる音がかすかに響く。
突然のことに、ウォーダンはしばらく言葉を失い、それからセレの寝ていた布団をがばりとめくり、わなわなと震える。
いない。
消えてしまった。
セレが、突然。
「ウォーダン、いいかね」
外から祖父の声がする。
ウォーダンは助けを求めてテントを出た。
「じいちゃん、セレが、セレが消えた! 突然、ぱって、ぱって消えた!」
テントの外で焚き火の準備をしていたミーミルに、動揺しながらも説明すると、祖父は落ち着いた様子でウォーダンをなだめる。
「どうした。消えたってあの子か?」
「そうだ、そうだよじいちゃん! セレが消えた!」
「落ち着け。それは多分、転移の魔法じゃ」
「転移?」
「ああ。魔法を使える者の中でも、力のある者が使える魔法だな。あの子の両親がその魔法で呼び戻したんだろう」
母親の声が聞こえる、とセレが言っていたことをウォーダンは思い出した。
「そんな、なんで今頃」
「街のほうが落ち着いたのかもしれん。大きな騒ぎはなかったようだが、それでも混乱はしていただろうからな。何かの形で無事を知っていれば、騒ぎのただ中には呼ぶまいよ」
「そっか……そうだな……」
「今はこんな状況だ。そのうちまた会いに来るじゃろ」
「うん。そうだね……」
「それより朝の支度を手伝っておくれ。湯を沸かしてコーヒーが飲みたいんじゃ」
ウォーダンはうなずくと笑顔を見せて答える。
「任せてよ。すぐに用意する」
そしてテキパキと動き出した。
今は動いていないと余計な事を考えて不安でどうにかなりそうだった。