ワイン
ウォーダンの部屋のテーブルには、2人分の食事が用意されていた。
向かい合うように整えられた2人分の皿。
ウォーダンは自分の隣の席にワインの入ったグラスを置くと席についた。
「セレフィアム様はまだ未成年ですよ?」
「実際に飲むわけじゃないし、それに年齢なら今年で25だろう?」
「肉体の年齢は冷凍睡眠で……」
言いかけたエドガーだが、ウォーダンの隣で嬉しそうに席に着き、美しいワイングラスに入った酒の赤を眺めているセレフィアムを見て口を閉じた。
女性に年齢のことを話すものではないとはよく言うが、セレフィアムは成熟した大人の女性になれず、ずっと12才の頃のままの姿でいる。
大人への憧れが募る年頃だろうと思えば、あまり口うるさく言うのも気が咎めた。
「それで、一体どうなっているんだ?」
食事をしながらウォーダンが訊いてくる。
視線は時々、隣の何もないほうを向くが、彼にはそこに何も見えていないはずだ。
表情に不安げなゆらめきがかすかに宿るのがその証拠だが、エドガーはそれには触れず話し出した。
「セレフィアム様は、議会からの婚約への圧力をこれ以上はかわしきれないと冷凍睡眠装置の中へ入りました。ここまでは説明していた通りです」
ウォーダンがひとつ首肯する。
「ですが冷凍睡眠に入ったのにはもう1つ理由がありました。それが先ほど説明した、魔女を探し出して協力をお願いする事です」
言葉を区切り、エドガーはワインを口に含む。
それを飲み下ろし、グラスを置く。
思いのほか大きな音が響き、我知らず力が入っているのだと気がついた。
「魔女はこのソーリャのシステムを作り上げるさい、力を貸してくれましたが、上手く行かなかったことがあります。それが、結界への魔力供給とAIの補助を行う人物の、交代のさいの解放でした。これさえ上手くいけば、数年を区切りに担当者を交代し、現在のような命を犠牲にする状況は回避できたのです」
「だが、それができなかった」
「ええ」
エドガーは合槌を打つ。
「初代聖女、ターニャ・ソーリャは魔女と話し合い、いつか人々が力をつけ、絶滅の危機を逃れられたら。そうしたらこのシステムから聖女たちの魂を解放すると約束し、街からそう遠くないアーフマンの森に住まいを定めました。ですがあるとき、魔女と連絡がつかなかくなったのです」
「魔女とは、ずっと連絡を取り合っていたのか?」
「定期的に、という状況だったようです。当時、この事を知っている者は聖女と、初期の頃からある旧家の当主のみだったといいますから、おそらくは結界が無くなる懸念があった事から、彼らが何かしたのでは、と考えられます」
「聖女も神殿も何もしなかったのか?」
「その頃の聖女が何をどう感じていたか、どこまで知っていたかは分かりません。アナスタシア様の話では、聖女は代々の聖女の想いに引っ張られるそうですから、何か知っていても何もしなかった可能性もあります。あくまで想像ですが。神殿については、そもそも魔女の事を知らされていなかったのではないかと。少なくともここ数代の神官は誰も知りませんでした」
「旧家か」
ぎらり、とウォーダンの目が殺気立つ。
今では議会が解散となり、旧家もそのほとんどは地位を失って久しい。
この数年で多くの元議員や権力者たちを始末してきたが、まだまだ生き残りは存在する。
どうやって聞き出してやろう、とウォーダンは思考に沈みそうになったが、エドガーがさらに続けた。
「聖女たちも魔女の事は諦めに近い様子でしたが、セレフィアム様はそれに望みを見いだしたわけです。そして森へ行き、そこで眠り続ける魔女の夢に囚われてしまった、という事のようです。正確には、魔女の娘の夢に、のようですが」
「魔女の娘。さっきもそう言っていたな。魔女本人ではないのか」
「そのようですね。魔女狩りが森へやってきて、娘を殺し、その娘を生き返らせるため魔女は眠りについた、という状況だったと聞いています。そして精神のみの状態で近づいたため囚われてしまった、と」
「セレフィアムには何も影響はなかったのか? 無事だったんだよな?」
表情を曇らせたウォーダンに、エドガーは微笑みを浮かべる。
「問題なかったようですよ。本人は覚えていないようですが、魔女の娘と夢の中で一緒に過ごしていたそうです」
「その魔女の娘が来ているのだろう? どこにいるんだ?」
「今は、自身の守護騎士の契約をした少年と一緒に街にいます。その少年が、なんとあのダイナ・フーセの息子なんですよ」
ウォーダンは目を見開いた。
「ダイナ? あのダイナか? レノスを救ってくれた」
「ええ。不思議なものですね。ダイナの家族が移住した村がアーフマンの森の近くで、魔女を眠りから解放したのもダイナの息子のソウルなのだそうです」
「なんと……言えばいいのか。とても偶然とは思えない」
「ええ。運命、というものがあるとしたら、こういう事をいうのかもしれませんね」
エドガーは笑いながらもうひと口、ワインを飲んで喉を湿らせた。




