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無防備都市  作者: 昼咲月見草
帰り着く場所

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わがまま

 エドガーは神殿にある、自身の執務室で部屋の整理をしていた。


 ここを空けたのはほんの半年ほどの事だが、すっかり代理を任せた人物の部屋となってしまっている。

 エドガーは何がどこにあるか使いやすく仕分けておくのが好きで、しかも全てが美しくあるべき場所に収まっている事を好む整理魔でもあった。


 代理を任せた人物は、物を使ったら片付けないとか、雑然とした状態でも自分だけは何がどこにあるか分かっているからいいとか、そういうはた迷惑な人間ではなかったが、やはり以前とはあらゆるものの置き場所が違っていて、エドガーにはそれが落ち着かない。



 小物の場所をあちこち入れ替え、最後に机の上の定位置にペン立てを置き、満足げに首肯する。

 ようやく、我が家へ帰ってきた、という気分になった。



 すると折りよくドアがノックされる。



『エドガー様、ウォーダン様がお戻りになられました』


「わかった、すぐに行こう」



 ウォーダンは、今日は朝から視察に出ていた。

 セレフィアムはそれを聞いてさっさとエドガーのそばを離れてウォーダンを探しに神殿の外へと出て行ってしまっている。


 勝手なものだ、とエドガーは苦笑した。


 赤ん坊の頃から知っている身としては、まるで手のかかる娘がいるような、そんな気分だった。


 セレフィアムが神殿で育てられだした頃、エドガーはすでに紫の神官衣を着て最高位についていた。

 子育てなどした事はないし、実際に育てたのはメイド達なのだが、彼女の教育に携わり、成長を見守り、そしてその若さから神官の中では誰より身近に接していたのだ。


 もちろん、アナスタシアと会話ができるという共通点があったこともある。


 エドガーには妹がいるが、難民となってソーリャへやってきた経験があるせいか、あまりわがままを言わない、気立ての良い優しい子どもだった。

 それと比べると、セレフィアムはアナスタシアに甘やかされまくって自由に育ったと思う。

 そのためエドガーの中では、セレフィアムは妹というより娘のような存在なのだ。


 エドガー達神官も、彼女の明かされぬ事情を知っていたため甘やかしがちであったが、神官達はそれを決して認めない。


 あくまでも、セレフィアムに甘いのは前聖女のアナスタシアだけであって、自分たちは厳しく教え導いてきたと言い張っていた。



 ウォーダンに会うため、セレフィアムの言葉を伝えるため部屋を出て、エドガーは久しく無かったほど高揚している自分に気がついた。


 こんなに楽しいと感じるのはいつぶりだろうか。


 アナスタシアがいたとき以来。


 いや、アナスタシアがセレフィアムに聖女の座を譲り、セレフィアムも魔女の元へ行ってしまって、それ以来だ。


 アナスタシアも、セレフィアムもいない日々。

 それは想像以上に彼から全てを奪った。


 笑い声のない、楽しくもおかしくもない、怒ることもほとんどない日々。

 食べ物は奇妙に味がせず、あれが食べたいこれが食べたいと考えることも無くなった。

 それで初めて、美味しいものを食べたらセレフィアムにも食べさせてやろう、アナスタシアに話してやろうと考えていたのだと思い至った。


 アナスタシアは、食べてみてどんな味だったか教えてくれと無茶を言う。


 セレフィアムは、1人で食べるなんてずるいとわがままを言う。


 それを思い出す日々の、なんという灰色。


 アナスタシアの姿が見えていたレピドら他の神官、そしてウォーダンと彼女達の事を話すのは楽しかったが同時に虚しかった。


 セレフィアムがいないと知って絶望するウォーダンに、何度魔女の森へ行ったセレフィアムの事を話そうと思ったか分からない。

 だが、帰らない可能性が高い者を待たせ続けること、そして期待を持たせることはあまりに哀れで説明せずにいた。


 ウォーダンはセレフィアムが目覚めないと理解した上で、それでも彼女のそばにあることを選んでくれている。

 それが有り難く、申し訳ない。

 しかしその全てが無駄ではなかったと今日、伝えられるのだ。



 ウォーダンの執務室の前には、帝国の兵士たちとセレフィアムがいた。

 セレフィアムはエドガーの姿を見て、近づいてくると「早く早く」と彼をせかした。


 エドガーはそれに笑みを浮かべながら兵士に話しかける。



「今、ウォーダン様は中にいらっしゃるだろうか?」


「はい。先ほど視察からお戻りになられたばかりで、これから中で夕食をとられる予定です」


「そうか。中に声をかけてくれ」


「はい、お待ちください。ウォーダン将軍、エドガー様がいらっしゃいました!」


『入ってもらえ』


「はい! エドガー様、どうぞ」



 重厚な扉が開かれ、エドガーは部屋の中へと進む。

 ウォーダンはマントもそのままに、机の前で部下とともに資料を片付けていた。



「どうしたんだ、アナスタシアの故郷を探すと言っていただろう。何かあったのか?」



 手にしていた資料から目を離し、顔をわずかにエドガーへと向ける。



「ええ。お伝えしたい事がありまして。このあと食事をしながらお話させていただきたいのですが構いませんか?」


「ああ」


「できればそのさい、他の方はご遠慮いただきたいのですが」



 ウォーダンのそばで仕分けを手伝っていた文官がエドガーを見る。

 その視線にはわずかに非難の色が見え、壁際にいた青年武官たちは身じろぎして表情に怒りを見せた。



「構わん。神殿の事か?」



 それをウォーダンが淡々と制する。

 それだけで彼の部下達は露わにした感情を消した。


 よく教育されている。

 というよりこれは、己の上司に失礼な真似をしたら許さん、という言葉を伝える見せかけのポーズなのだろう。


 

「ええ。できれば早くお知らせしたいのですが」



 そう言って微笑んだエドガーの服のすそを掴むようにして、セレフィアムが「今すぐ! 今すぐでいいから!」と顔を赤くしていた。










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