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無防備都市  作者: 昼咲月見草
帰り着く場所

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俺は記憶力がいい

 広大な草原にまるでその地の主であるかのように存在する巨大な都市。

 それがソーリャだ。


 子どもの頃住んでいた、そして離れた街。


 そこを去るときに見た風景とは、それはまるで違っていた。



 あの頃よりさらに広がったとは聞いていた。

 そしてその周囲に壁を築いていて、いずれその壁が完成したら結界を解除する予定だとも。


 それでも、聞くと見るとは大違いで、高い灰色の壁に囲まれた街の姿は、己の知るソーリャとは全く違い、まるで見知らぬ他人のように感じられた。



 ソウルは段々と近づくソーリャの壁に、懐かしさどころかなんの感慨もなくただ興味深く観察している自分を、もしかしたら冷たい人間なのかもしれないと思った。


 それでも、都市の中へ入れば何か違うのかもしれないと考えていたが、結界を通り過ぎ、新設された門で簡単な審査を受けてなお、そこはソウルの知る街並みではなく、賑やかだがどこかよそよそしい、本当に初めての土地のようだ。


 それもそのはずで、ソウルが街を出たのは8才の頃で、当時彼は家族で門の外の農地が続く辺りに住んでいた。

 そこは今、広がった街並みの中に埋もれてしまっている。

 今通った門は以前は存在せず、現在進んでいる通りの周囲に続く家並みは新しいものが多い。


 自分が子どもの頃に住んでいた建物を探すどころか、まだ残っているかさえあやしかった。


 門を入って以降はこげ茶の背から下りて歩いていたソウルの隣で、やはり馬車から出て辺りを見回しながら歩いていたトゥインが呑気に声を上げた。



「そろそろ、お前の家の近くだぞ」


「分かるのか?」


「俺、記憶力がいいんだ。ほら、あそこに緑の扉の帽子屋があるだろ。あそこの角を曲がってしばらく行ったとこがお前の家だ」



 帽子屋、と言われてもソウルにはその帽子屋の記憶がない。

 友達の親がやっていた雑貨屋や、親の手伝いで買い物に行った食料品店、よく前を通ったケーキ屋などは覚えているが、帽子屋など目に入らなかったのだ。


 唖然としていると、トゥインが陽気な様子で提案してくる。



「確か両親が近所に住んでるって言ってたけど、どうする? 神殿に行く前に先に寄ってみるか?」



 ソウルはそれに首を振った。



「……後でいいよ。もしかしたら神殿で待ってるかもしれないし」



 昔は祖父によく懐いていた記憶があるが、5年ぶりである。

 また、ソーリャを出るさいに『ここで一緒に暮らさないか』と誘われたのを断ったこともあり、どういう顔をして会えばいいのかよく分からなかったのだ。



 その祖父母からしてみれば可愛い孫である。

 父親の死に動転し、おそらくは気落ちもしていただろう孫がどのような態度を取ったとしても、それで気にする事もない。

 ダイナを育てた両親は穏やかな人格者であったが、この5年というもの一度もソーリャへ戻らなかったソウルにはそれは分からなかった。


 トゥインもあまり他人の考える事はよく理解できないほうで、ふうん、とそれ以上気にすることもなく街並みを見やる。


 こげ茶の背中にソウルの代わりに寝そべった子猫が、周囲の騒がしさにピクピクと耳を動かした。









 セレフィアムは、通信システムからエドガーのいる場所を割り出して、戻ってこないならこちらから捕まえにいけばいいとばかりにソーリャを飛び出していた。


 そうしてようやく会えたエドガーに事情を説明し、一緒に転移魔法でソーリャへと戻ってきたのだが、その場所は結界を入った最初の門だった。


 昔と違い、転移魔法の使用はかなり制限されているらしい。


 早くウォーダンと話がしたくて、エドガーが手続きを終えるのを今か今かと待っていたセレフィアムは、ふと慣れた気配を感じて顔を上げた。


 それは魔女の気配だ。


 正確には、魔女の眠りに囚われていたときにずっと感じていた気配。


 魔女がもう来ているのかとその気配を辿ってみれば、あのとき森で見かけた少年2人と、そのそばには軍馬の背に乗った子猫がいた。


 その子猫は普通の子猫ではない。

 あれは間違いなく魔女の娘だ。


 すると子猫が耳をピクピクさせて顔を上げ、セレフィアムを見つけると嬉しそうに「にゃっ!」と鳴いた。


 それに反応した少年たちが、どうしたのかと子猫の方を見る。


 そして子猫の視線を追って、そこに宙に浮かぶセレフィアムを見つけて驚愕の表情をした。



「えっ!? 見えてる!? 見えてるの!? あなた達2人ともわたしのこと見えてるの!? どうして!?」


「え、見えちゃダメなのか!?」



 ソウルが返すと、トゥインが冷静に突っ込む。



「そういう問題じゃない。そして多分一番の問題はそこじゃない」


「どういう事だ?」



 トゥインはソウルの頭を引き寄せて、その耳に囁いた。



「いいか、大声を上げるなよ、絶対だぞ」



 ソウルがうなずいたのを確認してトゥインは続ける。



「あれは聖女、セレフィアム様だ」


「!?」



 自分の口を押さえて声を出すのを防いだソウルは、子猫のそばまで降りてきた少女の姿をもう一度見直す。



「セレフィアム様……?」



 本当に? という思いを込めて小声でトゥインに視線をやると、トゥインは重々しい表情で首肯した。



「間違いない。祈りの広場で見た事がある。俺は記憶力がいいんだ」



 ソウルは子猫と何やら話し込んでいる様子のセレフィアムを、大きく口を開けたまま見つめる。

 それは実に、ソーリャを初めて見たお上りさんらしい表情で、周囲の人波に自然と溶け込んでいるのだった。










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