聖女の守り
ぐらぐらと足元が揺れる。
立っていられない。
ウォーダンはセレをその腕の中にかばい、かがみ込んだ。
しばらくして揺れがおさまると、セレが震えながら立ち上がり、ウォーダンの手から離れて街のほうへと走り出そうとした。
「お母さん、……お母さん!」
ウォーダンはセレの腕を掴んでそれを止める。
「待て! 一緒に行くから、走っちゃダメだ!」
ウォーダンが震えずにいられたのは、セレがそばにいたからだ。
自分よりも小さくて弱いセレを守ろうとするその気合いだけで、ウォーダンは震えることなく冷静になれた。
セレは、振り向くと泣きながら叫ぶように言う。
「行かなきゃならないの! 街が、お母さんが大変なのに、何もしないなんてできない!」
「わかった、送るから! だから1人で行こうとするな!」
セレは立ち止まった。
そして、何かを聞こうとするように辺りを見回すと、ぽろぽろと涙をこぼした。
「聞こえない。お母さんの声が、聞こえない……」
「近くにいたのか?」
ウォーダンの言葉にも、セレはただ首を振る。
2人は、ゆっくりと街の方へと歩き出した。
街は大きな地震で少しばかり騒ぎになっていたが。壊れた建物はあっても、怪我をした人はいなかった。
倒壊した建物の下敷きになった者はいない。
崩れてきた瓦礫は宙に浮かび、その下にいた誰かが無事その場を離れるまで落ちてくることはなかった。
使用中だった火は火事になる前に消火された。
地割れはできたそばからすぐに塞がった。
それでも不運にも怪我をした者や、何らかの発作を起こした者には治癒の光が届いた。
再興以来、大きな事故や災害での死傷者を出したことのない街。
それは神殿の奥で『聖女の間』から一歩も出ることなく、ひたすらに祈り続けている聖女のおかげであると、そう言われている。
都市に住む全ての人々は今日、その奇跡を目の当たりにした。
「聖女様のおかげだ」
「アナスタシア様」
「何とありがたい」
「ありがとうございます、聖女様……」
街は人々の祈りであふれた。
彼らは時間の許す限り、神殿の前で聖女を讃えた。
聖女アナスタシアと、聖女セレフィアムを。
困ったのは神殿と、街の議会の上層部である。
神殿と議会は、その全てではないものの、聖女アナスタシアが装置の中で2度と目覚めぬ眠りについている事を知っている。
その魔力の全てを吸い上げられて、街を守るために使われていることを。
一般市民には「今も生きて、聖女の間から出ることなく人々のために祈っている」と伝えているが、実際は死んでいるのと変わらない。
彼女たちは装置から出されればすぐに死んでしまうし、装置の中にいれば眠り続けているものの、目覚めることはなく、力を使い果たせば肉体は粒子となって消えてしまうのだ。
そうなれば、急いで次の聖女をポッドの中に入れなければならない。
アナスタシアを表に出せないのなら、せめてセレフィアムを市民の前に出して騒ぎを収めたいのだが、そのセレフィアムがどうしたわけか聖女の間から出てこなかった。
神殿も議会も混乱したまま、結界の中の一般の人々だけが、冷静で落ち着いているという奇妙な状況。
そんな状況のまま、1日が過ぎた。
聖女の間の扉が軽い空気音とともに開く。
その前で寝ずの番をしていた兵士とメイドが顔色を変えた。
「セレフィアム様!」
「ご無事ですか、セレフィアム様!」
セレフィアムは、ひどく落ち込んだ様子で小声で返す。
「平気……ごめんなさい、心配かけて」
青ざめた子どもの表情に、メイドは閉じ込められて恐ろしい思いをしたのだろうと涙ぐんだ。
「いいえ、いいえ。ご無事で良うございました。皆様にお知らせをいたしますね。痛いところはございませんか? お腹は?」
子どもはふるふる、と首を振る。
弱々しい笑みに、メイドは声を震わせながらしっかりと抱きしめた。
そして兵士は、室内にいたはずのセレフィアムの衣服が土で汚れ、草のようなものがその髪に絡んでいるのを見て、彼女が出てきたばかりの聖女の間を振り返った。
そこには部屋の中央にアナスタシアの体が納められた装置と、セレフィアムのためのわずかな家具などがあるばかりで、土や草を含むようなものは何も置かれてはいなかった。