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無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

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罪と罰

 ソウルは、トゥインと2人朝早くに村を出て森へ向かっていた。


 道すがら、これからの事を話す。


 近いうちにソーリャへ行くと伝えたソウルに、トゥインは一緒に行くと言い出した。



「成人してからじゃないのか?」


「魔法が使えるってバレたからな。神官様に頼んで、しばらくソーリャの神殿で働かせてもらおうかと思ってる」


「神官になるのか?」


「いや?」



 なぜそうなる、と言いたげなトゥインに、ソウルは首を傾げる。



「魔法の才能があるなら神官になるのが普通だろう?」


「それはソーリャの話だろう。神殿があるのはソーリャだけだぞ。村には今はともかく昔は神殿なんて無かったし、他の宗教の神殿や教会がある場所では、別に魔法が使える事が神官の条件ってわけじゃないとこもある」


「そうなのか?」


「ああ」



 そしてトゥインは、ようやくとばかりに、にっと笑った。



「お前の父ちゃんから教えてもらったんだぜ」


「父ちゃん? って、ホレイショ?」



 ソウルは妹のいる前ではホレイショを義父(ちち)と呼ぶが、そうでなければ名前で呼ぶ。

 妹が言葉を話し出した頃に、トゥインに指摘されたのだ。



『そのうちお前の妹も、神官様のことおじさんって呼ぶようになるぞ』と。



 母が再婚したさい、ソウルはホレイショを義父とは呼べず、かと言ってこれまでのように神官様とも呼べず、どうしても呼ばなければならないときは『おじさん』と呼んでいた。


 さすがにそれはないだろう、と言われ、それ以来ソウルは嫌々ながらもホレイショを家では『義父(とう)さん』と呼ぶようになる。

 同時に、ホレイショ本人からも無理せず名前で構わないと言われたため、外では極力名前を呼ばずに済むよう気をつけて会話をしていた。


 それでも2人の間の微妙な空気に気がつく者は気づいてしまうのだが、それもこれからは少しずつ変わって行くのだろう。



「違うよ、ダイナさんのほう」


「父さん? なんでトゥインが父さんのこと知ってるんだ?」


「俺も昔、ソーリャに住んでたからだよ。その頃、ダイナさんには色んな事を教えてもらったんだ。勉強とか、魔法の事とか」



 ゆっくりとソウルに並んで歩きながらトゥインは続けた。



「ダイナさんはすごい人だったよ。なんでも知ってたし、なんでも教えてくれた。魔法の使い方も、自分の身の振り方も、俺はダイナさんに教わったんだ」



 自分の知らない父を知っている人がここにいる。

 自分が教わるはずだった様々な事を父から教わった人が。


 羨ましいような思いで、ソウルはトゥインを見た。


 だが、すぐに思い直す。


 父は本当に、機会があれば自分に全てを教えてくれただろうか。

 剣を教えてくれたときも、どこか恐る恐るとした様子だったのに。


 トゥインがソウルを眩しいものを見るような目で見た。



「お前の親父さんは、本当にすごい人だった。知っているか? ダイナさんが兵士を辞めた理由」



 ソウルは下を向いた。

 そして小さく、ほとんどそれとは分からないほど小さく首肯する。



「議会と戦ってたんだ。誰も味方がいない、力になってくれない中で、お前や家族を守って、ただひたすらに頭を下げて、自分を殺して、そうやってお前たちを守ってた」



 ソウルが顔を上げると、トゥインは頬を紅潮させて笑っていた。



「すげえよな。ソーリャの議会って、めちゃくちゃ(こえ)えんだぜ。ソーリャの大人たちはみんな、とにかく議会にだけは逆らうな、関わり合いになるなって言ってた。でもダイナさんはその議会からお前たちを守ったんだ。誰も助けてくれない中で」



 ソウルの中で何かが弾けた。


 強い父。

 優しい父。

 頼り甲斐のある父。



「言いなりになってた、ダイナさんはそう言って後悔してたよ。だけどさ、他にもどうしようもないだろ? この村を見ろよ。みんな村長の言いなりで、頭を下げて小さくなって生きてる。大事なものを守りきれなくて村を追い出された奴もいる。だけどみんな、必死で何かを守ってるんだ。俺はさ、みんなも、ダイナさんも否定できないよ。もっと後悔しないやり方はあったかもしれないけどさ。そんなの、その場でなんてわかりゃしないよな」



 喉の奥から込み上げてくるものがある。

 ソウルは嗚咽を荒い息とともに吐き出した。


 トゥインはソウルの頭をぐりぐりと手荒く撫でて、何も気が付いていないフリをする。



「誰かを傷つけない方法なんてものがあったのかもしれない。罪を犯さない方法も。でもさ、ほんとは、そんな状況に追い込まれない事が一番大事なんだ。ダイナさんは成人して自分で生き方を選べるようになるまで、魔法が使えることは誰にも知られないようにしろって言ってたよ。誰を信じるか自分で選べるようになるまで待てって。だから俺は力を隠した。あの村長の下につくのは絶対にごめんだからな」



 ダイナ・フーセは罪を犯した。


 それは間違いようのない事実。


 だが彼は、償いたいと必死で生きた。


 罪と罰は違う。

 トゥインはそう思う。


 罪は償うもので、罰は受けるものだ。


 ダイナ・フーセは罰を免じられた代わりに、その生涯を償いのために生きた。


 その結果のひとつがトゥインだ。そしてリェラ。

 彼がいなければ、トゥインは無学のまま、己を無才だと信じ、嫌われ者の変わり者のまま生きていたかもしれない。

 トゥインの従妹のリェラは、幼い頃は虚弱な体で、骨と皮だけの骸骨のような異様な見た目で子どもたちに蔑まれていた。あのままなら周囲から疎まれ、からかわれながらとっくに死んでいただろう。


 ダイナがトゥインを教え導き、家から出ないリェラを高位の神官に紹介し、その治療を助け。


 2人を何者にもなれるよう力を貸した。


 ソーリャにも、その外にも、ダイナによって人生の選択肢を増やした者が多くいる。

 彼らが最終的に何を手にするかはまだ分からないが、それがなければチャンスを手にする事さえ考えつかなかったような人々が確かにいるのだ。



 償い続けた日々。



 罰を受けた者が必ずしも罪を償った事にはならないように、罰を受けなかった者が罪を償い終える事もある。


 ダイナ・フーセが罪を償い終えている事を。

 もしそうでなくとも、少しでも自分を許せている事を、トゥインは強く願ってやまなかった。












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