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無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

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謝罪

「さっきはすまなかったね、話を簡単に済ませてしまって」



 家に戻って、夕食をとっているとホレイショがソウルに謝った。

 母はソウルの無事を確認し、食事の用意をすると妹と一緒に奥の部屋へ引っ込んでいる。

 ホレイショがソウルと話をしたいから、とそうしてほしいと頼んだのだ。

 

 まだ小さな妹は先に食事を済ませてすでにうとうととしてぐずり始めている。

 イレイナはホレイショから魔女の伝言で状況を知っていたこともあり、ソウルの無事な姿に安心するとホレイショにソウルを預けた。


 今は、家の暖炉の前の大きなテーブルで、ホレイショと2人、ソウルは向き合って座っている。

 森での事を訊かれるのだろうと思っていたソウルは、口の中のシチューを飲み下ろすとほんの少し驚いた顔をした。



「さっきのウェザたちの事?」



 シチューの具の大きなジャガイモをスプーンですくいつつ、ソウルはホレイショに確認する。

 それ以外にないとは思うのだが、ソウルとしては謝られるのも不思議な気分だった。


 村長たちに囲まれ、責められて困っていたのだ。

 むしろ助けてもらった、という気分だった。



「ああ。あの場であの子たちの嘘を暴かなかった事で、君が嫌な思いをしたんじゃないかと気になって」


「別に。ずっとあそこで話してるほうが嫌だったし、あいつらのほうが嘘をついてるって、多分みんな分かってるし」


「そうだね。誰の目にもはっきりしているだろうけど、それであの子たちを実際に罰するとしたら、さっきが一番の機会だったと思うんだ。きっと村長たちはもうあの話を蒸し返さないだろう。僕もそれでいいと思っている」



 ソウルは真剣な顔で首肯する。



「俺もそれでいいと思う」


「本当にいいのかい? ウェザは君の事を目の敵にしていただろう? しかも今回は嫉妬から君の馬を盗み、森で殺そうとした挙句、嘘までついて君とトゥインのせいにしようとした。簡単に許せる事ではない」



 ホレイショは穏やかに問う。

 ソウルはおそらくそんな事は気にしてはいないだろう。

 短い間だが、ホレイショはソウルの父として、家族として過ごしてきた。

 その中で彼は、母や妹に接する態度から、ソウルが怒りに振り回されながらも芯は心の優しい、穏やかな気性の子どもだと認識している。


 ウェザら村の子どもたちにからかわれ、のけ者にされても決して手を出したりしないのは、自分の力を知っているからだし、過剰な暴力を振るうつもりがないからだろう。

 ウェザにしてみれば、おそらくその自分など眼中にない態度が気に障るのだろうが。


 だが、言葉にならない、奥底にある感情を無視してはそれがいつか表面に出てきたときに禍根となる可能性もある。


 それはソウルの中にもあるかもしれないのだ。

 だから、ホレイショはあえてソウルに訊いてみた。


 ウェザを追い詰めない。

 彼の嘘を暴かない。

 それでも構わないのか、と。



「別に……。トゥインがどう思ってるかはわからないけれど、俺はあいつらの嘘をみんなが知っていればそれでいい。俺たちが嘘で損をするんじゃなきゃ、それでいいよ」



 ホレイショは苦笑した。

 この子にとっては、ウェザも村長も、おそらくこの村自体どうでもいいものなのだ。


 どうでもいいもののために手間も時間もかけたくない。

 

 はぐ、と大きな肉の塊をひと口で頬張っている姿はそう言っているかのようで、いっそ小気味いい。


 ホレイショは楽しげな様子でさらに尋ねた。



「彼ら、ウェザだけでなく村長への罰はこれから違う形で受けてもらうとして、ソウル、君はこれからどうしたい?」


「どう、って?」


「この村での成人は16だ。この村で土地を手に入れることもできる。君はずっとここで暮らしたいかい?」


「それはムリ」



 即答ではっきりきっぱりそう言われて、ホレイショは声を上げて笑った。



「そうだよねえ」



 笑っているホレイショに、ソウルはシチューをすくう手を止め、一瞬ためらったのちに告げた。



「成人する前に、俺、この村を出ようかと思う」


「そうなのかい?」



 驚いた様子もなくホレイショは返す。

 いずれこの村を出ていくだろうとは思っていた子だ。驚きはないが、少しだけさみしかった。

 ようやく父と子になれた、そんな気がしていたから。


 ソウルはこくりとうなずいて、また食事を続ける。

 そしてゆっくりと話し始めた。



「俺はこの村ではいつまでたってもよそ者だろうし、俺もこの村の人間になりたいとは思ってない。すぐってわけじゃないけど、いずれここを出て行こうと思ってる」


「そうか。寂しいけど、聞けて嬉しいよ」


「うん」



 ホレイショの言葉に、ソウルはうつむいてシチューの入った皿を見つめた。



「おかわりは?」


「平気」


「そうか。……けれど、もしソーリャへ行くなら、早いうちに一度戻っておいたほうがいいな」


「どうして?」


「ソーリャは今、壁を建築している最中なんだ。これまでは都市の結界が自動で住人を判断していたから誰も気にした事はなかったが、壁が完成したら結界はなくなる。そうするとそれ以降は、門で兵士が1人1人確認をする事になるんだ。今、君はこの村へ移住した事になっている。ソーリャの住民ではないが、結界があるうちは都市に入るのになんの問題もない。結界が君を覚えているからね」



 結界が自分を覚えている。


 その言葉にソウルは不思議なものを感じた。

 ソーリャを出た今も、ソウルはまだ自分をソーリャの人間だと思っている。

 そしてそれはソーリャも同じなのだと思うと、胸がくすぐったいような、笑い出したいような、そんな気分になったのだ。



「だが壁が完成して結界が消えてしまえば、君のソーリャでの身分を証明するものはこの村のものだけ、ということになる。あの村長がこの村を治めている限り、それでは君の立場が常にあやうい。ああいう手合いはこちらが理解できないような事をしてくるからね」



 ホレイショにとって、アリョーシア村の村長は、村人を虐げはせずとも精神的に常に優位に立って利益を得ようとする小悪党だ。

 ソーリャの議会にいたような人間とは大小の違いはあれど、その精神性は似たようなものである。

 大したことはしないと分かっていても、危険は取り除いておきたかった。



「近いうちにソーリャの神殿へ定期報告を送る事になっている。それで一緒にソーリャへ行き、フーセの祖父母のところで住民登録をしてきなさい。トゥインは来年、成人したらソーリャへ行く予定だ。そのとき一緒にこの村を出るといい」



 トゥインがソーリャに移るつもりだと知って、ソウルは自分が何も知らなかった事を恥じた。

 興味を持とうともせず、話をしようともせず、ずっと好意だけを与えられてきた。


 それはきっと、目の前のホレイショもそうなのだと感じ、ソウルは無言で頭を下げたのだった。










 



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