温情
村長は苦虫を噛み潰したような顔で首を振る。
「必要はありませんな。魔女の件は不問といたしましょう。森までの安全が保障されるなら重畳です。ですが、ソウルがした事はそれだけではありませんぞ。それともそれも問題は無かったと言うおつもりですか?」
「ええ。正確には、ソウルとトゥインの問題ではない、というところでしょうか」
村長は眉をひそめた。
ハリュウはおどおどと落ち着かない様子で村長と視線を合わせない。
もしや、ウェザが嘘をついていたという事か?
しかし、ハリュウ以外のウェザの友人たちは、ウェザより先に森から逃げて来た。
森へ行っていたというのは褒められた事ではないが、成人が近い少年たちともなれば、数人いて森まで行って帰って来れないのは逆に問題だ。
その彼らは詳しい事を話さないまま、森にウェザを残してきた、洞窟の奥へ行ってしまったと言うばかりだ。
暗くなれば強力な魔獣がうろつくようになる。
みな覚悟を決めて捜索へ向かおうとしたその矢先に、ウェザが縛られ、猿ぐつわをされた状態で突然現れたのだ。
話を聞けば、トゥインに縛られた、ソウルが魔女を起こしたという。
魔女を起こそうとするなと代々教えられてきた村人たちは殺気立った。
だがもし、ウェザの言った事が嘘だったなら?
しかしそうだったとしても、ハリュウがウェザを、村長とその家族を裏切るはずはない。
村長にとって問題なのは、ウェザが嘘をついたことでも何か罪を犯したことでもなく、村人が村長の権威に逆らう可能性がある、ということだった。
「ハリュウ、何やら落ち着かぬ様子だのう。何をそんなに恐れているのか分からんが、」
言いながら村長はじろりとホレイショを睨む。
ホレイショはそれを平然と受け止めた。
「一度うちに帰り、両親と話し合って一緒に戻ってきなさい。ずっと神殿にいたのでは疲れただろう」
村長がハリュウの両親に前に出て息子を連れ帰るよう促すと、ハリュウはますます青ざめ、今にも倒れそうなほどになった。
ハリュウの両親は、厄介な事に巻き込まれたと難しい顔をしている。
だがホレイショは引かなかった。
「いえいえ、そうすると時間も遅くなってしまいますから、今日ここで片付けてしまいましょう」
「子どもにこれ以上負担をかけるつもりですかな、ホレイショ様」
「子どもと言っても、ハリュウはうちのソウルよりも年上ですよ?」
「それでも成人まではまだ時間があります」
睨み合う村長と神官に、ハリュウが声を上げた。
「あ、あの!」
2人は無言でハリュウを見つめる。
一瞬、びくりとして黙り込んだハリュウは、それでも小さな声で話し出した。
「お、俺、ウェザと一緒に森へは行っていません」
それを聞いて村長は好々爺といった風情で笑った。
「そうかそうか。なら、話すようなことはないな?」
「でも!」
ハリュウはうつむいて目をぎゅっと閉じ、声を大にする。
「でも、ウェザがソウルの馬をこっそり連れ出すのを手伝いました!」
「なっ! ハリュウ、貴様!」
「森の洞窟の奥に連れて行って、化物のエサにするつもりだって、ウェザがそう言ってました!」
ざわざわと集まった村人たちが囁き合う。
嘘をつくな、と怒鳴ろうとした村長をさえぎってホレイショが告げる。
「ハリュウ、よく言ってくれました。ソウル、あなたからもどうぞ」
「俺は……こげ茶の世話に村長の家に行ったら、いなくなってた。だから探しに行ったら、トゥインが手伝ってくれて、ハリュウに話を聞いてくれた。そしたら森へ行ったっていうから追いかけたんだ」
「ウェザたちはどこにいましたか?」
「シュールたちは洞窟から走って出てきた。ウェザは洞窟の奥にいた。こげ茶はウェザと一緒にいた」
「トゥイン、あなたからは何か?」
「何も。ソウルの言う通りだ」
楽しそうに肩をすくめるトゥインに微笑んで、ホレイショは続ける。
「ウェザとソウルの言い分はかなり違っているようですね」
「どちらが正しいかは分からん」
憮然とした表情で村長が言うと、ホレイショは「ええ」と同意した。
「現状、どちらが正しいかは分かりません。ですので、今日はここまでとしましょう。いずれにしても子どもたちのした事です。騒ぎにしても誰の得にもなりません。皆さんも、それでよろしいでしょうか?」
村人たちは困ったような者、怒りを顕にする者、関係ないとばかりに視線を逸らす者と様々だが、揃ってこの結果を受け入れた。
誰の得にもならない。
そんなはずはない。
少なくとも、ソウルの得にはなったはずだ。
多くの村人にとっても、村長の権限を削る事ができるならこれ以上の事はない。
だが、ホレイショはこれ以上は調べずに手打ちとする事にした。
事を大きくして村を二分する全面的な対立となれば、ソウルの心にも重くのしかかりかねない。
それなら、今は村長の権威を揺るがし、ささやかな勝利を手にするだけで良しとすべきなのだ。
村長とその家族の権力からの排除は、自分たち大人がやればいい事だ。
子どもは時に大きな間違いを犯す。
それは未熟だからであり、生涯に渡って引きずるような、そんな罰を受けるほどのものではないことがほとんどだ。
ならば、バランスを整えて守ってやるのも大人の仕事だろう。
1人だけ余計に負担をかけてしまうソウルには申し訳ないし、これからどうにかしてやらばければならないが、ホレイショはソウルの心がそんな事で腐ってしまうほど狭量ではないと、そう確信していた。




