話すべきこと
「あなたはどうしてそう考えなしなの。大体攫われたときも護衛の召喚獣の目を盗んで1人でどこかへ行ってしまうからあんなことに」
魔女の娘は、怒りが収まる様子のない母親に、先ほどから延々と説教を受けている。
父親の方はといえば、それを気にした様子もなくソウルと今後の事について話していた。
「守護騎士というのは、魔女を不埒な輩から守るため、常にそばにいる事が肝要なのだ。しかし、どんな場合でも、というわけにはいかぬのが辛いところでな。特にあれは好き勝手に動き回る癖がある。すまぬが、できるだけ目を離さぬよう頼まれてくれるか」
「はい、師匠」
トゥインはそのどちらをも木の影に座り込み観察していたが、辺りが暗くなり始めたことで腰を上げた。
「あのさ、いいかな」
するとその場の全員の視線がトゥインに集まる。
トゥインはそれを気にしたふうもなく話し始める。
「あんまり暗くなると捜索隊が出ると思う。色々積もる話もあるだろうし、今日は俺たち帰りたいんだけど」
「ふむ、そうだな」
「確かに、村で捜索の準備がされているようですね」
分かるのか、と思いながらトゥインは魔女の話を受けて続ける。
「こいつ、バカだしどうにもならないほど小っちゃい奴だけど、これでも村長の孫なんだよ。俺とソウルだけだとひと晩放置、くらいはするだろうけど、こいつがいるからさ」
「森にはあまり人に入ってきてほしくはありませんね。ひとまず、その子は村へ返しましょう」
「む──! むむ──!!」
トゥインに猿ぐつわをされた上に縛られて転がされているウェザが何事か言おうとするが、トゥインはそれを無視した。
「返すって? どうやって?」
「こうやって、ですよ」
言うと魔女はウェザを指差して手首をくるりと返す。
するとウェザの姿はその場から消えた。
ソウルとトゥインが目を丸くしていると、淡々と説明する。
「あの子どもは捜索隊の目の前に転移させました。これで問題ないでしょう」
「転移って……」
「すげえな、魔女」
「あなた達はその馬でゆっくり帰りなさい。説明はあの子どもに任せておけばいいわ」
ああ、とソウルは納得する。
「確かに、一緒にあの場に出たら色々めんどくさそうだ」
「それはそれであいつら、勝手な事を言いそうだけどな」
これから起こる予想をいくつか立てて、トゥインはうんざりした様子で顔をしかめたが、魔女がそれを見てくすくす笑う。
「そんな事のないように、村の誰かに伝えておきましょう。……あら、あの村にはソーリャの神殿があるのね」
「最近できたんです」
「そう、なら話は早いわ。あなた達が村に着くまでには夫から聞いた状況を神官に伝えておくわ。安心なさい」
「ありがとうございます」
「明日また、2人で森へおいでなさいな。そのときゆっくり話しましょう」
「俺も?」
トゥインが驚いたように確認すると、魔女は微笑んだ。
「あなた、その口調はわざとね? 自分という人間の能力や本質を悟られないよう、癖になっているのかしら? でも魔力の高い相手や鑑定能力のある相手にはそれは通用しないわよ? いいから一緒にいらっしゃい」
トゥインは苦笑しつつ頭をかく。
「はい」
魔女はそれに満足げにうなずくと、娘を招き寄せた。
「さあ、あなたの騎士を見送って」
魔女の娘、ツェツェーリアはにっこり笑ってソウルを見上げる。
「また明日ね」
「うん、また明日」
その彼女の頭を父親がほんの少し乱暴に撫でる。
魔女と、魔女の夫と、その2人の娘。
3人並んだその姿に、ソウルは胸がくすぐったいような誇らしいようなものを感じて、これで良かったのだと1人納得したのだった。
ソウルとトゥインが村へ向かう背中を見送って、魔女はくるりと振り向いた。
「待たせたわね」
ゆらり、と白いもやが揺らぎ、姿を現したのは、1人の少女だ。
悲しそうな、今にも泣き出しそうな瞳をしている。
「それで、あなたは誰なのかしら。なぜあの洞窟にいたの?」
その少女はゆっくりと魔女に近づいてきて、そして目の前で膝をつき頭を垂れた。
「わたしは、ソーリャの聖女、セレフィアム・ターニャ・ソーリャと申します。偉大なる魔女様にお願いがあって参りました。どうかわたし達を、ソーリャの代々の聖女たちをお救いください」
「ソーリャ。覚えているわ。いつか街の人間が増えて、結界なしでもやっていけるようになったらシステムから解放してあげる、そう約束したわね」
「人は充分に増え、人類は窮地を脱しました。街だけでなく、世界的に。けれどあなた様が姿をお見せにならず、ソーリャは今も結界に頼っています。多くの聖女達を犠牲にしながら」
魔女はほんの少し表情を歪めた。
ソーリャの結界は魔力の高い者を犠牲にするシステムだ。
だからこそ、充分に生きた高齢の者の中からそのシステムを支える人間が選ばれる。
なのに、目の前のこの少女の幼さはどうした事だろう。
「あなた、年はいくつ?」
「冷凍睡眠に入ったとき、もうすぐ13になるところでした」
魔女の目に怒りが宿った。
あれはそういうものではないはずなのに。
「ターニャの懸念が当たってしまったようね」
「初期の頃は初代聖女の意思がよく守られていたようです。ですが、魔女様が姿をお見せにならなくなった頃から、議会の者たちはしだいに自儘に振る舞うようになり……」
「ええ、ええ。大体想像はつくわ。この森に魔女狩りがやってきたことも、何かがおかしいと思っていたのよ」
魔女の目がギラギラと光る。
セレフィアムは下を向いたまま、寒気がするのを覚えた。
しかしふいに冷たい指先があごに触れ、セレフィアムの顔を上げさせた。
「ターニャの意思を継ぐあなた方にも、長い間待たせてしまいましたね。これからどうすればいいか、一緒に考えていきましょう」
ぽろ、と涙がこぼれた。
必至に声を殺すが、嗚咽が止まらない。
ソーリャの聖女システムに囚われて輪廻の輪に還れない聖女たち。
魔女はソーリャの聖女を見捨てたわけではなかった。
無駄ではなかった、とセレフィアムは声を殺して泣く。
こうしてここへやって来た事はけして無駄ではなかった。
長く切り離されているソーリャがどうなっているのか、セレフィアムには分からない。
でもどうか無事でいて、と彼女は願った。
愛しい家族が、彼女を助けに来ると言ったあの人が、どうか無事でありますようにと、泣きながらセレフィアムは祈り続けた。




