表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/89

魔女の目覚め

『よくやったぞ、小僧!』


 楽しげなドラゴンの声にソウルは混乱する。

 視界が光で真っ白になり、視力が戻らない中、ドラゴンの笑い声だけが耳に響く。


 何か熱いものが体に飛び込んできて、全身を駆け巡り、そして心臓の辺りで塊になって、渦を巻いて溶けて同化した。

 それは熱とともに苦痛を伴い、ソウルには長い時間のように感じられたが、ほんのわずかの事だったのかもしれない。

 ちか、ちか、と真っ白な視界に光が明滅する。

 ソウルは呼吸も荒く痛みに胸を掻きむしった。


 そこへ、がし、と頭を大きな爪のある手で鷲掴みにされる感触。


 死、という言葉が頭をよぎった。


 しかし暖かな空気が全身を包んだかと思うと、次の瞬間には視界は元に戻っていた。



 ほっと息をつくと、すぐそばにいたドラゴンが首を伸ばしてソウルを覗き込んできた。



『ふむ、大事ないようだな』



 何が起きたのか分からず、ソウルが咄嗟に言葉を返せずにいると、ドラゴンは伸ばした首で前方を示す。



『見ろ、お前の成果だ』



 そこには、ベッドに腰掛ける魔女と、その膝の上で魔女に甘えるように顔をすり寄せる黒い子猫がいた。



「目を、覚ましたのか?」



 ソウルがつぶやくと、ドラゴンはにやりと笑った。



『お前が目覚めさせたのよ。責任重大だのう』


「責任? 責任って?」



 意味が分からず聞き返したソウルに、ほれ、とドラゴンは再び魔女と子猫のほうを見ろと促す。

 すると魔女が立ち上がり、ソウルの元へと子猫を抱いて歩いてくるところだった。



「あなた、名前はなんと言うの?」


「ソウルです。ソウル・フーセ。あなたの夫の弟子です」


「そう、あの人の。あの人にもずいぶん心配をかけてしまったでしょうね」


『わしも心配しておったぞ?』



 横から話に入り込んだドラゴンに、魔女はくすりと微笑んだ。



「ええ、もちろんそうね。ごめんなさい、そしてありがとう。おかげで助かったわ」


『こんな事は2度とないようにしてもらいたいものだな』



 ドラゴンがふん、と鼻息をひとつ吹いて不機嫌に言うと、魔女はその鼻面を楽しげに撫でた。



「ええ、もちろん。2度とないよう気をつけるわ。ありがとう」


『ではな、森守りの魔女よ』


「ええ、また」



 ドラゴンが光の粒子とともに消えていく。

 そして魔女は改めてソウルのほうを見た。



「それで、ソウル、あなた」


「はい」



 ソウルは思わず姿勢を正す。



「あなたは何気なく言っただけなのでしょうね。でもね」



 言いながら魔女は腕の中の黒猫をソウルにそっと抱かせる。

 ソウルは流れのままに子猫を受け取る。

 小さな体が温かくてじっと見れば、子猫はソウルを見上げて「にゃあ」と鳴いた。


 なぜか魔女がため息をついて額を押さえる。



「その子は、あなたに守ってもらうつもりでいるの」


「え?」



 言われたことの意味が分からず、ソウルは魔女を見た。

 魔女はどこか申し訳なさそうにソウルを見つめている。

 2人の目が合って、ソウルは魔女の言葉の意味をもう一度よく考えた。

 そして、先ほど自分が言った言葉を思い出す。



『君のお父さんが待ってるよ。早く起きておいで。怖がらなくていい。俺が守ってあげるよ』



「あ……」


「ごめんなさいね。目を覚ますとき、勝手に契約を結んでしまったみたいなの……」



 今度こそ本当に申し訳なさそうに魔女は顔を俯けて目を伏せる。


 ソウルが混乱するままに腕の中を見ると、子猫が愛らしく「にゃあ!」と楽しげに鳴いた。










 魔女の夫は洞窟から出て外で待っていた。


 洞窟の中の空気は生者を拒否する。

 それは魔女を守るために措置だったが、子どもたちには良くないと考えたからだ。


 明るい日の下に出てしばらくすると、洞窟の結界が消えた気配がした。


 まさか魔女が目覚めたのかと洞窟の入り口に近づくと、暗い奥にカンテラの灯りが見える。


 ソウルと、ソウルの馬のこげ茶、そしてその隣には魔女がいた。

 彼の愛する、待ち続けた妻。


 言葉にならず、これは夢かと足元もおぼつかない様子で洞窟の中へと一歩、また一歩と進んでいく。



「シャーリアー、あなた!」



 魔女が笑いながら走ってくる。

 そして彼の首にしがみつくようにして抱きついた。


 薫る花の芳しい匂い。



「妻よ」


「ええ、帰ってきたわ。あなたの弟子のおかげ。愛してるわ、シャーリアー」


「ああ。ああ」



 彼の全身を包む鎧が消えていった。

 銀色の長い髪が風になびく。

 若々しい、美しい男がそこにいた。万感の思いを胸に、魔女を、愛する妻を強く抱きしめる。


 魔女の森を柔らかな風が吹き抜けていった。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ