洞窟の中
洞窟の近くまでくると、中から悲鳴が聞こえてきて、ウェザの子分たちが飛び出してきた。
ここまでやってくる事は滅多にないトゥインは何事かと身構えるが、ソウルは呆れたように立ち止まって相手を待ち構える。
逃げる行くてを遮れば、化け物でも見たような様子でさらに大きな悲鳴を上げて1人は尻餅までついた。
「お前ら、俺の馬をどうした」
相手がソウルだと分かると少し顔色を戻して、それでも背後を気にしながら強がって見せる。
「し、知らねえ! 俺たちは関係ねえ!」
それにトゥインがため息をついた。
また最初から言い聞かせねばならないのかとうんざりする。
「あのな、お前ら。ハリュウが吐いたぞ。今頃もう神殿で全部話してる。いい加減にしないと身の破滅だからな?」
そう言って脅すと全員が黙り込んだ。
それにソウルが追い討ちをかける。
「俺の馬は洞窟の中か? 無事なんだろうな。無事じゃなかったらただじゃおかないからな」
「な、なんだよ……」
「俺たちはただ、あの馬に乗ってみたかっただけなんだ」
「ウェザの家で預かってるなら別にいいだろ」
「いいわけないだろが。ウェザがそう言ったのか? 馬を盗むのは重罪だからな。しかも軍馬だ。分かってるのか? お前ら、今かなりヤバいんだぞ」
「だ、だって……」
口ごもる子分たちに、ソウルは重ねて訊く。
「ウェザはどうしたんだ」
「た、多分まだ中だ……」
「ウェザは馬の手綱を掴んでたから、馬が動かなくなって逃げ遅れたんだと思う」
ちっ、とトゥインが舌打ちをした。
「まさか奥に行ってないだろうな」
「わ、分からない。洞窟の影から何かでっかいものが出てきて、それで逃げてきたんだ」
「ウェザを置いて、か。もしも馬に引きずられて洞窟の奥へ行ってたら、お前らもう村にいられないぞ。ウェザが戻らなかったら村長が許さないだろうからな」
「そ、そんな」
「俺たち、ウェザの言う事に従っただけなのに」
「バカな奴がバカをやるのについていくからだ」
トゥインは吐き捨てて、「どうする」とソウルを見た。
「この洞窟は入り口辺りまでなら平気だが、奥まで行って戻ってきたやつはいない。だから近寄るなって言われてるんだ。まだ出てこないってことは、ウェザはこげ茶と一緒に奥に行った可能性が高い。危険かもしれないぞ」
しかしソウルは事もなげに言ってのける。
「じゃあ探しに行こう」
「いや、ほんとに危険なんだぞ? 言い伝えとかじゃなくてマジで戻ってこないからな? なんかでっかい化物も出たみたいだし」
「多分大丈夫だよ。……途中までなら」
「途中までってお前……、まあいいか。ヤバそうだったら引きずってでも連れ戻すからな」
「ああ」
ソウルの考えでは、おそらく中にいたでっかい化物というのは師匠のことだ。
これ以上は危険だと追い返すつもりで脅かしたのだろうが、こげ茶はどうやら逆に奥へ向かってしまったらしい。
ウェザを連れて。
バカな奴だな、とソウルは小さく息をついた。
ウェザの子分たちを放って洞窟の中へ一歩踏み込む。
と、奥から全身鎧に身を包んだ男が姿を現した。
トゥインが隣で息を呑むが、ソウルは彼が安心するようにわざと明るく声を上げて近づいていく。
「師匠!」
「ああ。もしや、さっきの小僧らはお前の知り合いか?」
師匠?
と目を剥くトゥインに説明もせず、ソウルは話を続ける。
「知り合いというか、同じ村の奴です」
「ふむ、この奥はちと危ないのでな。少し脅かして帰そうと思ったのだが、1人馬に引きずられて行ってしまった」
「その馬は、俺の馬なんです」
「この間、父親の褒美にもらったとか言っていたやつか」
「はい」
「それは……すまん事をしたな。この奥に行ってしまっては、わしではどうにもならん」
「この奥には何があるんですか?」
「魔女とわしの娘が眠っているだけだ。だが、生者が近づくと守護獣に襲われる」
「師匠でも? 魔女の夫なのに?」
「わしは襲われんが、代わりに肉体のない者は魔女の眠りに囚われる」
そのとき、奥からウェザの悲鳴が聞こえた。
「まあ馬は殺されることはないと思うが、あの子どもはどうだろうな」
バタバタと1人ぶんの足音が響く。
手綱は手放したようだとソウルはその場に仁王立ちになった。
「助けてくれ! 殺される!」
叫びながら走ってきたウェザを捕まえて、ソウルは腕をひねって地面に押さえつけた。
「お前、俺の馬をどうした!」
「ソウルか!? なんでこんなところに!」
「お前を追いかけてきたんだ! 俺の馬はどうした!」
「そ、それどころじゃない、この奥には本当に化物がいたんだ! きっともう食われてる!」
「囮にしたのか」
「そういうわけじゃ……」
意識してそうしたわけではないだろう。
だが、自分が助かるために置き去りにしたのだ。
ソウルが顔をしかめると、トゥインは楽しそうに笑った。
「お前、死んだな。公爵様が残酷な刑を好まない人だといいな」
ひっ、と小さく悲鳴を上げて震えるウェザを放して、ソウルは師匠に向かった。
「探してくる。具体的に、化物ってどんなものなんですか?」
「召喚獣だな。ドラゴンだ。入り込んだ敵は必ず殺さねばならんからな。だがまあ怯える子どもは殺す気にはならんかったんだろう」
「こげ茶、ほんとに食われてないでしょうか」
「多分な。侵入者があると召喚される仕組みで、食い物は必要とせん。しかしまだその名前なのか……」
呆れたような声の男に、「ほれみろ」トゥインからも視線を送られて、ソウルは少しバツが悪い。
「……とりあえず、探しに行ってきます……」
「行くならこれを持っていけ」
そう言って渡されたのは石でできた割符だった。
「あのドラゴンが耄碌して忘れてなきゃそれでなんとかなる」
「ありがとうございます」
ソウルは割符をポケットに仕舞うとトゥインを見た。
「ここに残っててくれ。もし俺が戻らなかったら後を頼む」
トゥインはその言葉にソウルの師匠だという男を見た。
「絶対とは言わんが、大丈夫だ。死にはせん」
トゥインは諦めたように大きく息を吐く。
「分かった。まかせろ」
「うん」
ウェザと子分たちが落として行ったものだろう、地面に転がっていたカンテラを拾い歩き出したソウルに、後ろから男の声がかかる。
「もしできるなら、魔女にさっさと起きろと声をかけてくれ」
ソウルは小さく笑い声をたてて、片手を上げて返事にかわりとした。




