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無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

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トゥイン

 トゥインは、子どもの頃ソーリャに住んでいた。

 生まれたのもソーリャでだ。


 トゥインには、他の人にはない特技がある。


 それは、一度見たものは決して忘れないという特技だ。


 だから、他の子どもが覚えていないようなソーリャでの暮らしも細かいところ、かなり古いことまで記憶にある。

 まあ古いといってもたかだか13、4年前のことなのだが。


 だがその頃、村の大人たちはソーリャに避難して1年か2年が過ぎた頃で、ようやくなんとか避難暮らしにも慣れてきて、ソーリャの市民と自分たちとのあまりの違いに劣等感を抱き始めていた。


 生きることの難しさや命があることへの感謝の中に、少しずつ混じっていく劣等感。それはたやすく妬みや嫉みへと変わっていく。


 その変質する様を、母の腕の中でトゥインはただあるがままに見ていた。


 それは消えない記憶や、異質さゆえに群れから疎外される無力感と合わさって、トゥインを不安定な子どもへと育て上げる。

 


 トゥインが3才になってしばらくしたある夏のことだ。

 もうその頃には、トゥインは友人を作らず1人で行動するようになっていた。

 親は同じ村の子どもたちと近所で遊んでいると思っていたようだが、トゥインは子どもたちからも農地からも離れて、安全な草原で1人、何をするでもなくぶらぶらと過ごすことが多かった。


 いろんな物や音、人が大勢いる場所よりも、トゥインにとって刺激の少ない草原は気楽な場所だったのだ。


 ある日、トゥインは広がった農地の端で、男が1人、草原を眺めて佇んでいるのに行き合った。


 気づかれないうちにこっそりその場を離れようとしたが、先に男に見つかってしまう。

 トゥインはそのとき、男が話しかけてきた言葉を今も思い出す。その色のない遠くを見つめる瞳を。



「君は……ソーリャの子どもか? こんな小さな子がどうしてこんなところにいるんだ」



 後半はひとりごとのようであった。

 面倒でどうしようかと考えていると、男はトゥインの近くへやって来て跪いた。



「迷子か? 家に連れていってやろう」



 そう言って両手を差し出した。

 抱き上げてくれようと、そうしているのだと分かったが、トゥインはこれを拒んだ。

 家になど、まだ帰りたくなかった。



「必要ありません。もう少し1人でいたいので、放って置いていただけませんか」



 男は驚いたように目を丸くした。

 それが男、ダイナ・フーセとトゥインの出会いだった。







 ダイナはその後、安全な草原でも小さな子どもが1人でいるのはよくないと、農作業の合間に草原へ連れて来てくれるようになった。


 薬草の採取や木の実の採取、魚の釣り方や狩の仕方、罠の仕掛け方など、様々な事を教えてくれて、親を説得して弟子のように連れ回してくれた。



「この子は3才とは思えないほど賢い。賢すぎるほどです。これでは他の子どもたちと上手くいかないでしょう。幸い器用な子ですから、良ければいろんな事を教えて、農夫にならなくてもいいようにしてやりたいのです」



 農業は1人ではできない。

 1人でやっているように見えても、いろんなところで仲間の力を借りているものだ。

 村で生きていくなら、トゥインの性質は彼をただ孤立させ、不幸に追いやるだけのものでしかない。

 だが、狩や採取の技能があれば?


 重用される能力があれば、村でもどこでも生きていける。


 トゥインの両親は、祖父母の勧めもあってダイナの申し出を受け入れた。

 両親よりも多くの子どもを見てきた祖父母には、トゥインはやはり他の子どもと違っていて、将来に不安を抱くには十分だったのだ。



 そうしてダイナがトゥインに教えてくれたものは、狩人としての生き方というよりも、神殿の兵士たちが教わるサバイバル術に近いものであった。

 もちろん、勉強や魔法も教える。

 幸い、トゥインにはわずかながら魔法の才能もあった。


 剣や体術は頑張ってもほどほどであったが。


 

 トゥインはまた、一緒に行動する中でダイナの人柄から他者との付き合い方も学んだ。

 それは真似に近いものかもしれない。

 けれど確かに、トゥインは真似事を続ける中で人との交流や絆のようなものを手に入れた。

 本当は、それが何よりの収穫だったのかもしれない。


 ほんの数年だったが、ダイナという人物はトゥインの中に記憶だけではないものを数多く残した。


 そのダイナが死んで、息子のソウルが村へやって来たとき、彼は怒りよりも悲しみよりも、ダイナの家族の助けになりたいと強く思った。

 あまり役には立たなかったかもしれないが、できる限りのことはしたと、そう思っている。

 少なくとも、友人だといえるくらいには近しい存在であると。



 そのソウルの馬が盗まれたと知って、トゥインはいつもの飄々としたふうを装いながら、内心では怒りに燃えていた。


 ウェザ、あのくそ野郎が。


 トゥインにとってウェザは、村長の孫という立場にあぐらをかいた、甘やかされたくそガキで、面倒なので関わり合いにはなりたくないがいずれ痛い目を見ればいい、でなければそのうち痛い目を見せてやる、と思うくらいには嫌いだった。


 でかい軍馬、しかも公爵様が直々に村へやってきてソウルに与えた軍馬だ。

 村の人間でそれを知らない者はいないし、誰であれ1人でこっそり連れ出すのは不可能に近い。

 必ず見ている人間が、そうでないなら手助けした人間がいるはずだ、とトゥインはウェザの子分どもを探しに村の広場へと向かったのだった。









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