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無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

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こげ茶の軍馬

 アリョーシア村の神殿では、厩舎が順調に建築中だ。


 これを機会に神殿でも馬を何頭か飼いたいという要望もあり、村の共有財産としての農耕馬も預かる方向で話は進んでいる。


 この計画を全ての村人が諸手を挙げて受け入れたわけではない。

 当然、何事も賛成する者もいれば反対する者もいるわけだが、この場合の理由はごく簡単であった。


 それまで、村で馬を持つ家はごく限られていて、それも農耕馬がせいぜいだ。

 軍馬ともなれば一軒もない。


 それを、村人としては新参の家が、それも大貴族から褒賞として与えられる形で持つ事になったのは、村の有力者たちには面白くなかった。


 神殿で神官をしているホレイショは、ソーリャにいた頃から避難民たちの面倒をよく見、村の復興のために戻ることになった時も手伝いについてきてくれた。

 そのホレイショと新参者の未亡人が結婚するとなったとき、手放しで喜べなかった娘や家族は大勢いる。

 しかもその未亡人の息子は、死んだ父親の家名を変えたくないと言い出したのだ。


 ホレイショがそれを当然の事だと快く受け入れたとしても、村人たちはそうはいかなかった。


 ただでさえ新しく移住してきた人間と古くからの住人とでは隔たりができやすいものだ。


 ソウルただ1人がその隔たりを引き受ける形となった中、今回の馬と剣という褒美は彼の周囲をさらに敵味方にはっきりと分けた。



 




 村長の家では、これまで村で馬を4頭も持ち、借りたいという者がいれば貸し出してもいたが、今後はそれによる精神的優位性を失うと、少しばかり焦っていた。


 家の大人たちが不機嫌な様子になればそれは子どもにも伝わるもので、村長の孫であるウェザは、自身の家の馬小屋には不似合いなほど美しい軍馬をいつも離れた場所から睨みつけるようにしていた。


 元々、村へやってきたときからウェザはソウルのことが気に食わなかった。

 年が近い村の少年たちは、ほとんどがウェザの子分だ。

 弱っちいのや、ケンカを避ける腰抜けでもない限りみんなそうだ。


 だが、ソウルは最初からウェザの言うことをなぜか聞かず、子分たちをけしかけても臆せず向かってきた。


 ウェザは村で1番力が強くて体が大きい。

 ソウルは村へ来たばかりの頃はまだ体が小さくて、力で押さえつけようとしたがうまくいかず、普段はウェザと対立しないよう注意深く動くトゥインが出張ってくるまでさからい続けた。


 また、彼が密かに思いを寄せているリェラが、ソウルに何くれとなく話しかけて世話を焼くのが、さらにウェザの怒りに拍車をかけた。


 リェラからすれば、従兄弟のトゥインが気にかける、隣の家に越してきた新顔の少年を弟のように構っているだけなのだが、ウェザにはそれだけでも腹の虫が収まらない。


 そんな相手が、帝国の公爵から褒美を貰ったのだ。

 少年なら誰でも憧れるような軍馬と剣を。


 腹が立った。


 大人たちが困ったように話すのを聞いて、やはりあのよそ者は悪なのだと考えた。


 村の多くの人間にとって、ソウルもソウルの家族も、村へやってきてまだ数年の新参者であり、よそ者と変わらない存在であり、事あれば『悪』として気軽に断罪できる異物でしかなかったのだ。



 ソウルは今日も、馬の世話をしに我がもの顔でウェザの家の馬小屋にやってくる。



 ウェザはそれを見ながら、どうやったらあいつに痛い目を見せてやれるのかと、毎日そんな事を考えていた。











 ある日、ソウルが馬の世話をしに村長の家の馬小屋へとやってくると、彼の馬の姿がなかった。


 何かあったのかと村長宅に確認を取るが、誰も知らないと言う。


 嫌な感じを覚えて通りへ出てあちこち探し回っていると、トゥインがいつもの底抜けに明るい様子で話しかけてきた。



「ソウル! どうしたんだ? 誰か探してるのか?」


「こげ茶がいないんだ。誰に聞いても知らないって言うし……」


「こげ茶ってお前、まだちゃんと名前つけてなかったのか?」


「名前なんてつけた事ないからさ……」



 もごもごと言い訳するソウルに、呆れたようにトゥインは首を振る。



「だけどそろそろちゃんとつけてやれよ、いくらなんでも『こげ茶』ってお前」


「そのうち考えるよ」


「全く。で、こげ茶がいないのか?」


「ああ。村長の家に預けてるんだけど、どこにもいなかったんだ。誰かが連れてったのかもしれない」


「いやそれ、誰かじゃないだろ」



 友人の言葉にソウルは何も返さなかった。

 証拠もないのに決めつけるのは、彼の矜持が許さない。


 トゥインは大袈裟にため息をつくと、仕方がない、とソウルに並ぶ。



「一緒に探してやるよ。こういうのには探し方とか聞き方っていうのがあるんだ」



 ニヤリ、と笑ったトゥインは、ソウルの背中をバシバシと叩きながら歩き始めた。










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