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無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

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52/89

記憶

 男が少年と会ったのは5年前。


 洞窟の前から離れて森の中を何をするでもなく彷徨いていたら、人間の子どもの気配がしたので見に行ってみたのだ。


 この森には子どもが入ってくることなどまずない。

 大人であれば、必要な薬草を採りになど用があってやってくる事もあるが、子どもは森に入るどころか近づくことさえ止められている。


 魔女が洞窟で眠りについて数千年。


 数えることはとうにやめた。


 長くその眠りを守ってきたが、普段は心も意識も奥深くに沈めて周囲との関わりを絶っているため、辛いと感じる事もない。


 大人たちがやってくるのも、子どもが近くへ寄らないのも、全てどうでもよかった。


 それがたまさか気に掛かったのは、その魔力の量であろう。

 人外のものである魔女や男のようにはいかないが、人の子どもにしてはかなりのものである。

 それが、男の気を引いた。



 近づいてみれば、まだほんの子どもにも関わらず、その身を焦がすような怒りで剣を振っている。

 荒っぽい、感情任せの剣の振り。


 だが、筋はいい。


 男は久しぶりに意識が上ってくるのを感じた。



「無闇に剣を振り回してもあまり意味はないぞ、少年」



 話しかけてみよう、と思うより先に声をかけていた。衝動的なその行動が実に楽しい。

 子どもはソウル・フーセといった。

 ソーリャという都市から引っ越してきて、この先の村に住んでいるという。


 ソーリャ、という名前に覚えがあったが、どうにも思い出せない。

 何百年、何千年と意識を沈めて過ごしてきた弊害だろう。

 だが、意識を保って暮らした場合でも、昔のことなど詳しくは覚えていなかっただろうから、それも仕方のない事、と、男は思い出そうとするのをやめた。


 そしてそのとき以来、男は子ども、ソウルに剣の手ほどきをしている。


 最初は、魔女が目を覚ますまでの暇つぶし、程度のことだった。

 だが子どもがめきめきと腕を上げるに従ってそれが楽しくなっていく。


 子どもの父親は都市でも指折りのエリート兵士だったらしい。

 その血を引いてか、ソウルもまた天才的な剣の才を持っていた。



「師匠、ソーリャの都市王に勝つには、俺まだまだかな」



 ある日、ソウルがそんな事を言った。



「ふむ、その都市王とやらがどの程度のものなのか分からないが、少なくともわしに勝てないようではまだまだだろう」



 男がそう答えるとソウルは悔しそうに歯噛みする。



「都市王に勝ちたいのかね?」



 仇なのか、とは訊かなかった。

 これまでに聞いた話を総合すれば、仇はすでに5年前に死んでいる。

 だが返事をしない事からも、その都市王に何らかのわだかまりがあるのは間違いない。



「都市王……ソーリャの都市王……、しかし聞いたことのない響きだな。ソーリャには何やら聞き覚えがあるが」


「師匠はソーリャを知らないのか? いつからここにいるんだ? ソーリャは7千年くらい歴史があるのに」


「7千年か。そうだな、それよりはまだ短いような気もするが、どれくらいだろうな」



 ソウルは不意にまじまじと男を見た。

 これまで、互いの詳しい事情など話した事はない。

 特に男の方は、時折話さずにはいられなくなるソウルと違って、ほとんどすべての事を記憶にないと言って笑って済ませる。


 それはどういう感覚なのだろう。


 怒りも悲しみも、本当に全て無くなってしまうのだろうか。


 この5年で、怒りよりも毎日の生活に追われるようになった自分も、いつかそうなるのだろうか。



「全然、覚えてないの?」


「うむ? いや、そういうわけではないがな。そうだな……思い出そうとすればできん事もない。例えば……ソーリャという街の事は多分知っている」


「そうなの? 昔のソーリャを知ってるってこと? ソーリャってどんな街だった?」


「ふむ……確かソーリャは、魔女が復興に関わった都市ではないかと思う」


「魔女が!?」


「ああ。大災害のあと、魔法の大地が地面の下から蘇ったとき、多くの魔女や魔法使いといった、それまで空想上の存在とされていたものたちが力を取り戻した。人の間に隠れ住んでいたものや、人の立ち入らぬ土地に隠れたもの、異空間へと旅立ったもの。そのうちの1人が、この森に眠る魔女だ」



 ソウルは驚きに目を見開いて男を見ている。


 この5年、ソウルと話し、稽古をつけてやる中で、男は奥深くに眠らせていたものを取り戻しつつあった。

 それは記憶であり、感情であり、人として生きていた頃の全てだ。



「魔女は自由を手にして世界を見て回った。そのときに大災害を生き延びた小さな集団と出会った。その集団を率いていた女が、確かソーリャといったと思う。女の名前が街の名前になったはずだからな」









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