森の奥
ソウルは父の形見の剣を手に、1人森へと向かった。
アリョーシア村から森までは、子どもの足で3時間といったところだ。
大人の足なら2時間かからないその距離を、ソウルは身体強化の魔法を自身にかけることでさらに縮めて1時間で往復できるようになっていた。
森には大人でも滅多に近づかない。
ソウルはそれをいい事に、森で隠れて剣の訓練をしていた。
父親に手ほどきを受けていたとはいえ、1人で行う訓練はなかなか捗らない。
どこがいいのか悪いのか、教えてくれる人は誰もいないからだ。
ただ父親に言われた事を思い出しながらがむしゃらに剣を振るう日々。
それが変わったのは、森へ通うようになって数ヶ月たった頃だ。
「無闇に剣を振り回してもあまり意味はないぞ、少年」
背後から声をかけられてソウルが驚きとともに振り向くと、そこには全身鎧の男が立っていた。
いや、男なのだろうが、それはどうにも人の気配がしなかった。
ソウルが警戒して男との距離を保とうとしていると、男はフルフェイスの兜の中で苦笑したようだ。
「いや、驚かせてすまなかった。あまりに真剣に、だが怒りに任せて剣を振るっているのでな。つい声をかけてしまった。その太刀筋、誰かに師事していたのだろう?」
「……父さんに」
「なるほど父御か。いい師であったとみえる」
父親を褒められて、ソウルは目の前の全身鎧の男に好感を持った。
「その剣は父御からのものか?」
ソウルは小さくうなずいた。
「父さんの……形見だ」
「そうか。お主のような息子を持って、さぞ誇らしかったであろう。お主はなかなかに筋がいい。どれ、わしとひとつ手合わせをしてみぬか? 少しは学べるものもあるやもしれんぞ」
同情するでなく、嗤うでなく。
ただ他人としてそのままに受け止める男に、ソウルは警戒を解く。
かわいそうねえ、まだ小さいのに。
お腹に赤ちゃんもいるのにどうするのかしら。
あいつは本当にいい奴だったよ。
なんでまた帝国の貴族なんぞを助けたんだか。
本当は何があったかわかりゃしねえよ。
みんな勝手な事を言うのだ。
いっそ話しかけないでほしかった。
何もないフリで、何もなかったように適度な距離をとってほしかった。
その底には見守っていてほしい、黙って共感してほしいという身勝手な考えがあるのだが、まだソウルはそこまで自分を冷静に見ることができない。
未熟だから、理解が足りていなからという話ではない。
父親を失ってまだたった数ヶ月。ソウルはいまだ怒りに囚われていたのだ。
朦朧とする意識の中で、目が合った黒髪の男が忘れられない。
帝国の紋章が背に大きく縫い取られたマントをまとう、周囲の誰よりも輝く色を放つあの男。
父親の死体の前に立っていたあの男。
明らかに他とは違う、凄まじい力で周囲を従えていたあの男がいて、なぜ自分の父が死ななければならなかったのか。
そんな理不尽な怒りが、ソウルの中で解消されないまま爆発する先を探している。
それに触れず、けれど無視するわけではなく、距離を置いて配慮してくれる気配を感じてソウルはこの時すでに全身鎧の男に心を許し始めていた。
それから5年。
ソウルは毎日のように森へ通い、男に剣を習っている。
「師匠」
「来たか」
ソウルは森に着くと、さらに奥の洞窟まで向かい、いつもそこの前の石に腰掛けている男に声をかけた。
男はソウルが行くといつもそこに同じ姿勢でいる。
一度、こんなところで何をしているのかと訊いたことがあるが、男は笑ってこう答えた。
「なんだろうな。自分でももうよく分からん。意味のない事をしているような気もするし、そうでないような気もする。つまりはよく分からんというわけだ」
それは答えにならない答えだったが、ソウルはそれ以上訊かなかった。
この森には魔女と怪物がいるという。
ならば、目の前のこの全身鎧の男はおそらく森の怪物なのだろう。
実際、人ではない気配をソウルは初めからずっと感じている。
だが、自分を強くしてくれるならばなんでも良かった。
魔女でも怪物でも。
ソウルは、自分の怒りが不当で理不尽なものであるともう分かっていた。
それでも、腹の底で今も燃えたぎるこの怒りを彼は解消できずにいる。
それは腹の底で燃え、燃えても消えずに形を変えてマグマのようにどろどろと彼のうちでうごめきうねり、今も常にそこにある。
ぐつぐつと煮えたぎりながらそこにある。
この誰にぶつける事もできない憎しみを、ソウルは剣と帝国の将軍にむけているだけなのだ。
今はソーリャの都市王となったあの男に。
「さて、では始めようか」
どこか楽しげに全身鎧の男はソウルに向かって片手を出す。
ソウルは挨拶もせずに剣を構えた。




