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無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

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50/89

5年後

「ソウル!」



 名前を呼ばれて、ソウルは村の入り口で足を止め振り向いた。

 声をかけてきたのはリェラで、トゥインと2人こちらへ向かってくる。

 ソウルはそれを向き直って待った。


 表情はいつもの無愛想だが、けして不愉快に感じているわけではない事は、リェラにもトゥインにも分かっている。


 ソウルはこの村へやってきた時からいつも不機嫌そうな表情で周囲に対しているが、その心根は優しい良い少年だった。

 ただ、父親を亡くした出来事が彼の心に重くのしかかっているだけなのだ。



「今日も森へ行くの?」


「ああ」


「気をつけて行けよ」


「分かってる」



 短い返事だが、ソウルに嫌われているわけではない自信のある2人はいつも笑顔だ。

 トゥインはソウルの腕を軽く叩いて明るく言う。



「俺はこれから川に行くんだ。多く釣れたらお前んちにも届けてやるよ」


「助かる」


「気にすんなって。じゃあな」


「ああ」


「行ってらっしゃい、ソウル」


「行ってくる」



 2人は森へ行くソウルを見送ると、並んで川のほうへと歩き出した。






 村では、ソーリャの神殿ができて以降、子どもたちは午前中は親の仕事を手伝い、午後になると神殿で学ぶようになった。

 それでも、神殿での勉強は2時間のみ。

 3時になると子どもたちは勉強から解放されて自由になる。


 家の仕事を手伝う者はまずいない。


 みんな、川へ行ったり村が管理する果樹の林で遊んだりと好きなように過ごしていた。


 けれど、村から離れた場所にある森へ行くことはない。

 子どもの足で向かうには少し離れていることもあるが、何よりそこには恐ろしい魔女と怪物が棲んでいると噂されているからだ。


 

 村は強い魔物や魔獣が多く棲む草原からは離れている。

 それでも、肉食の獣もいれば弱いながらに魔物も魔獣も出る。

 大人たちは,子どもだけで決して森へ行かないように強く言いつけていた。


 ソウルがそんなアリョーシア村へ母と共にやってきたのは5年前。ソウルが8歳のときだ。

 ソーリャがミッドガルシャ帝国に将軍に支配されたその年、ソウルの父親は結界の外で殺された。どうやら帝国の貴族が絡んでいるらしいとの噂が村では流れている。


 ソウルの母親が詳しい事を語りたがらないので誰も何も言わないが、村では様々な噂があった。


 帝国の貴族に無礼討ちにされたというもの。

 帝国に逆らって死んだというもの。

 美しい母親を欲した貴族に殺されたというもの。


 ソウルの身内は名誉の死だったと説明するが、誰もそれを信じてはいなかった。

 名誉ある死ならば、なぜソーリャを出る必要があったのだ?


 村の人間は全て、一度はソーリャに避難して暮らした事がある。


 そのとき感じた、ソーリャという街の近代的な快適さ。

 そして以前からの都市の人間と、そうでない自分たちとのあまりの格差。

 住むところや仕事だけではない。

 彼らには文化があった。


 旧文明を下地とした、ソーリャという文化が。


 当たり前に文字を読み、当たり前に数字を操り、当たり前に音楽を楽しみ、当たり前に趣味を持つ。

 彼らの当たり前がどれほど羨ましく、輝いて見えたことか。


 そんなソーリャを、名誉ある死ならばわざわざ出てくるはずなどない。


 ソウルの家族の前では口にしないまでも、誰もがその背景に後ろ暗いものを見ていた。

 己が見たいと思うものを、そこに。



 ソウルの母、イレイナは美しく有能な治癒者だった。

 彼女が頼ってきた弟は優秀な兵士で、村の娘と結婚して移り住むという事情がなければ、神殿で出世していただろうと言われるほどの腕前の持ち主だった。

 そしてイレイナは今、村の神官と再婚して子どもまでもうけている。


 そんな彼女を正面切って悪くいう者などあり得ない。


 その代わりのように、大人たちの裏で囁く悪意は子どもたちの間で芽吹いた。


 ソウルは村長の孫を中心とするグループから目の敵にされ、仲間から外された。

 ソウルに森へ行くなと引き止める仲間は誰もいなかった。

 彼自身、周囲を拒絶していたという事情もある。



 高熱を出し、寝込んでいる間に父親が死んだ。



 尊敬する、誰からも頼られる立派な父だった。



 どう説明されても納得がいかない。

 そもそも納得する気がない。


 帝国の貴族を守って死んだ、と聞かされれば、尊敬よりも誇らしさよりも先に帝国への憎しみが湧いてくる。

 そんなに弱いなら、守られなければならないほど弱いなら、戦争しにこんなところまで来なければ良かったのだ。


 憎しみはしだいに帝国の貴族から帝国へと、そしてあのとき姿を見た、父のなきがらに縋りついて泣く母のそばにいた帝国の将軍へと向かう。


 憎悪は向かいやすいほうへと流れて行く。さながら水の流れのように。



 ソウルは体調が回復してからずっと、父の形見の剣を我流で振っていた。

 その目には憎しみの火が宿る。


 村へついてからは、誰にも見咎められないよう、遠くの森へと行って剣を振った。


 小さな魔獣や獣は相手にならない。

 彼は父から剣の手ほどきを受けていた。

 兵士になりたいと言ったら悲しい顔をされたが、一度剣を持たせたあとは、息子の才を潰すのがためらわれたのだろう、積極的に教えるようになった、

 ソウルには才能があったのだ。


 魔法の腕も、剣の腕も、そこらの大人でも敵わないほどソウルは強かった。


 だから彼は思ってしまったのだ。


 いつか、父親の仇を討ちたいと。




 そうして今日も、ソウルは森へ行く。













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