自由な時間
ウォーダンはセレと初めて会った岩の上に腰かけ、ナイフで枝を鋭く削りながら待っていた。
少し先には半透明の結界が、時折その存在を主張するように光ったり揺らめいたりしている。
細長い串状の枝は、セレには説明できないが、午前中に捕まえた兎の肉を刺して今夜の夕食に使う予定だ。
慣れた手つきで2本、3本と作っていると、背後から声がかかる。
「ウォル」
振り向くと、彼の大切な金の髪の少女がそこにいた。
「やあ、セレ。今日は遅かったんだな」
「うん、ちょっと引き止められてて……。でも今日からはゆっくりできるから」
最近セレは、あまり長く外にいられないようで、少し話すとすぐに帰ってしまうことが続いていた。
誰か来客があるようなことを言っていたが、詳しいことはわからない。
「そっか。久しぶりにゆっくりできるなら、川へ行ってみないか。水草が花をつけてるんだ」
「行きたい! 連れてって!」
手にしていた道具をしまうと、ウォーダンは嬉しそうにはしゃぐセレの隣に飛び降りる。
「よし、じゃあ行こう」
草原の風は心地よいが、真夏の日差しはあっという間に肌にその跡を残す。
こんな日は川で足を水につけて過ごすのが一番だった。
「議長様はお帰りになった?」
「はい、先ほど」
聖女付きの筆頭侍女が、メイドの娘の返事を聞いて頬に手を当てため息をついた。
「セレフィアム様のことがご心配なのは分かるけれど、午後の自由時間の過ごし方まで口を挟まれるのはどうなのかしら」
「でもメリダ様、いくら自由にして良いとはいえ、おやつの後は夕方近くまで聖女の間から出てこないのは、あんまり健康的とは言えませんよ」
筆頭侍女のメリダは年若いメイドの言葉に首を振った。
「代々の聖女様はみな、午後の自由時間は何をしてもいいとされています。これは神殿の長く続く慣習です。確かに、これまで聖女様方はみな、聖女の間に入っても30分とたたずに出てきました。けれどセレフィアム様はまだ10才。母親が恋しい年頃でしょう。それを、議長とはいえ他人が会いたいからと時間を奪ってしまうのは……」
「ですが、お眠りになられているアナスタシア様も、セレフィアム様の本当のお母君ではありませんよね?」
「それをセレフィアム様の前で口にしてはなりませんよ。代々の聖女は親子であると教えられて育つのです。魔力の高い孤児の中から連れて来られただけなどと知ったら、どんなに傷つくことか」
たとえそれが本当のことでなくとも、母がいると信じて生きる方が心強いだろう。
この世の誰とも繋がりがないと思うよりは、母親だけでもいたほうがいい。
そしてその母親がずっと守ってきた仕事を引き継ぐのだとなれば、使命感も育つ。
この街はそうやって、聖女と祭り上げる娘たちの思いを利用してきた。
聖女の間に入ったところで、そこにいる先代聖女と会話ができない事を、彼女たちは知っている。
神殿で聖女のそば近くで働く彼女たちは、聖女がソーリャを守るためにその命と人生の全てを捧げていることを知っているのだ。
だからこそ、今のうちくらい好きに過ごさせてやればいいと考える者が多い。
まだ子どもだ。
いずれ全ての自由を奪われて、ポッドの中で眠りにつく子どもなのだ。
すこしぐらい甘やかして何が悪い……。
聖女の間には現在、45年ほど前に眠りについたアナスタシアという娘が眠りについている。
文明崩壊前の、科学技術と魔法技術が合わさったその装置は、不思議なことに中に入った者の時間を止める。
そうしてその者の持つ魔力を使って都市を守るのだ。
人の寿命は平均して120年から150年ほど。
中には魔力により1000年生きるエルフのような種族もないではないが、一番数の多いのはその辺りだ。
その長さは魔力によって決まるといっても過言ではない。
その寿命を削って、聖女は街を守る。
アナスタシアが眠りについたのは15の年。
その寿命はもうじき尽きようとしていた。