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無防備都市  作者: 昼咲月見草
侵略

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閑話 愚かな賭け

 始まりは、セレフィアムの12才の誕生日だった。


 誕生日祝いにと訪れた議会議員たちが、セレフィアムの美しさを褒め、健やかに成長した事を寿ぎながらこう言った。



「そろそろ婚約の相手選びを始めてもいいのではないのですかな」


「そうですな。お母様のアナスタシア様も13才の頃には婚約者がいました。今回はまだまだお元気でいらっしゃるようですが、世の中何があるか分かりません。いつか聖女の間に入るときに、このソーリャに愛する家族がいないというのはとても悲しい事でしょう」


「いっそ、その時が来るまでは早めに婚礼を挙げて、神殿から住まいを移すというのはいかがでしょうな」


「おお、そうなれば聖女様は外の世界のことも知れて、我々はもしかしたら聖女様のお子を見せていただけるかもしれません」


「どうでしょう、セレフィアム様。実に素晴らしい考えだと思うのですが」



 セレフィアムはこれに返事をしなかった。

 驚きのあまりできなかったのだ。


 議会はしばらく前からその議員の数を減らしたことで権力が残った者に集中し、以前よりもさらに傲慢に、そしてその欲を隠さなくなっている。


 その場は一緒にいた神官やメイドたちが収めてくれたが、セレフィアムはしばらくショックで上手く話せなくなったほどだ。



 それからも議会はあれこれと理由をつけて婚約者候補だという少年たちを神殿へ連れてやってくる。


 数年前であれば彼らのそういう振る舞いを許すことはなかったが、都市の上流階級や富裕層を完全に従える彼らの言葉は、そのまま民の言葉であった。


 なにしろ今の時代、旧文明にあったような選挙制度は存在しない。

 住民たちはその思考を誘導され、制限され、発言する機会さえ失っていた。


 もちろん、選挙制度がある事がイコール庶民の言葉の反映とはならないが、議会の考えのみを都市全体の希望だと簡単に言い切ってしまえるのは、ひとつはそのためでもあった。

 現代においては、権力を持たない人々は己が何かを変えられるなどとは微塵も考えておらず、またそうであるよう教育も社会もコントロールされていた。



 アナスタシアからウォーダンの誓いを聞いていたセレフィアムは、彼らに嫌悪しか感じない。


 まっすぐで、清らかであれと育てられた彼女は少女らしい潔癖も持ち合わせていた。



 セレフィアムの13才の誕生日を半年後に控えたある日、再び地震が起きた。

 それは3年前の地震と同程度の大きなもので、しばらく神殿も慌ただしい日々が続く。


 そんな中、「都市の民を慶事で力づける必要がある」と議会から婚約者の選定を急がせる申し出があった。


 セレフィアムは忙しさと日々の疲労も重なって爆発した。



「一体なんなの!? あの人たちはどうして人の話を聞かないの!? 最低!!」


「あらあら。セレフィアム、落ち着いて。あんなヤツらの思い通りにはさせないから」


「お母さん! もうやだ! 聖女なんてやめる! もう嫌!」



 涙を浮かべて叫ぶセレフィアムの頬をアナスタシアは撫でるようにした。



「大丈夫よ、万が一のときはなんとかしてあげるから」


「ほんと?」


「本当よ。だから安心して」


「うん……」



 街にセレフィアムの婚約と結婚の噂が流れ出したのはそれから数日後の事だ。

 お祝いムードに盛り上がる人々を前に、神殿はいよいよ婚約者の選定を断りきれなくなり始めていた。



「議会の人間とその関係者は全員。富裕層とその家族も全員。市民もこの婚約の話に無思慮に賛成している者は全員、始末します」



 そう言い放ったのはもちろんアナスタシアだ。


 彼女はもともと、自分の代でソーリャの聖女システムを終わらせることにしていた。

 それを覆したのは、議会が魔力量の多い赤ん坊を神殿へ「孤児だ」と言って連れてきたからだ。


 だがアナスタシアは知っていた。


 都市の中でちょうどいい赤ん坊が見つからないからと、よその国から子どもを攫ってきたのだと。


 都市機能の監視システムで、前日どこからか赤ん坊が連れてこられた事を承知していた彼女は、その瞬間からずっと注意して見続けていたのだ。

 だから、赤ん坊を攫うためにその両親が殺されたことも知っていた。


 まさかそこまではしないだろう。


 自分のその甘さがセレフィアムを孤児にした。


 議会の人間が、旧家の人間が自分たちの欲のためならなんでもする事、権力を持たない人々を同じ人間だと考えていない事を知っていたというのに。



 旧時代、ソーリャの人工知能であった都市機能を支配するシステムは、今はただの機械とは言えないものになっている。

 多くの聖女たちの魔力を取り込み、さらにはその魂までも取り込んで今日までやってきたそれには、眠りの中で揺蕩っているような代々の聖女たちの意識が残されていた。


 その全てが、この現状にNOを突きつけた。


 家族を殺して赤ん坊を連れ去ってくるというだけでも許し難いにも関わらず、さらにはその子どもを最大限利用しようとするその浅ましさが疎ましい。


 アナスタシアはそれを決定であると彼女の姿を見、声が聞こえるわずかな神官たちの前で告げた。



「待ってください、アナスタシア。いくらなんでもその全員は……」


「家族や関係者はさすがに見逃していただいても」


「1人見逃がせば同じことの繰り返しよ。変更はないわ。セレフィアムが連れて来られたときに本当ならすべきだった事よ」



 冷たく言い捨てるアナスタシアを止めたのはセレフィアムだった。



「わたしは……あの人たちに腹は立つけど、死んでは欲しくない」


「セレフィアム……」



 アナスタシアも神官たちも、彼女に真実を話してはいない。

 まだ13才にもならない子どもには酷だと、そう考えたからだ。



「本当に、他に手はないの? お母さん」



 セレフィアムに縋られて、アナスタシアは口を尖らせた。



「全く無いってわけじゃ無いけど……それこそ、賭けみたいなものよ?」


「賭けでもいい。教えて、お母さん」



 そうして渋々アナスタシアが説明したのは、ソーリャの聖女システムを構築するさい、協力してくれた魔女の事だった。

 その魔女に力を貸してもらえればどうにかなるかもしれない。

 そう語ったアナスタシアに、セレフィアムはその道を選んだ。


 

「必ず協力してもらえるとは限らないのよ?」



 困ったように彼女を見つめるアナスタシアを、セレフィアムはまっすぐに見上げた。



「何もしなければ、どうなるの?」


「あなたは明日にでも議会の関係者の誰かと婚約して、1日も早く結婚して子どもを産むよう迫られるわね。わたしの命がいつまで保つか分からないんだから」



 エドガーが口を挟んだ。



「あと20年は保つと保証すればどうでしょう」


「変わらないわよ。あいつらはこの子を一刻も早く神殿から引き離して、自分たちの懐に入れて洗脳したいのよ。そのぶん長く家族と過ごせるとか言い出すわよ、きっと」


「ああ……」


「言うでしょうねえ……」



 議会の人間は、聖女がこうして意思を持ってこの街を見ているなど考えもしないのだ。

 神官たちは何度も『そのうち聖女に殺されるぞ』と言ってやりたくなった事がある。

 アナスタシアが聖女の間に入ってからは特に。



「賭けって、何をすればいいの?」


「……あなたが聖女の間に入るのよ」



 その場の全員が息を呑む。

 セレフィアムも顔色が青くなった。それでも震える声で母に問う。



「わたし、死ぬの……?」


「いいえ。体は眠りについて、意識は今のわたしと同じ状態になるわ。そしてソーリャを出て、魔女のところへ行くの。魔女に力を貸してもらえたら、聖女の間から目を覚まして出て来れるわ」



 しばらく考え込んだセレフィアムは、母の目をじっと覗きこんだ。



「お母さんは? お母さんはどうなるの?」



 アナスタシアが柔らかく微笑む。



「そのうち肉体は分解されて、ほかの聖女同様ぼんやり眠ったみたいな状態で意識だけ残るわね」


「そんな、ダメ!」


「大丈夫よ、ずっと分かってたことだもの。それにすぐって訳じゃないわ。肉体の寿命が来るまでは、聖女の間とは別の部屋で体は保管されるのよ。ぼんやりとだけど、ずっとそばにいるのは分かるから。寂しくないわ、セレフィアム」


「でも、でも……」


「いいのよ。分が悪い賭けになるけど、あなたがそうしたいなら構わないわ」



 アナスタシアが明るく笑って、これからの事が話し合われる事になったのだった。








 それからセレフィアムは精神体となって魔女が隠れ棲むという森へ向かった。


 そこには洞窟の入り口に門番がいて、セレフィアムはやめておけと引き止められた。魔女は眠りについている、と。しかし構わず奥へと進む。


 そして彼女は、魔女の眠りに囚われた。


 魔女は目覚めない。

 彼女が目覚めない限り、セレフィアムもまた目覚めない。


 愚かな,無謀な賭けだったことをセレフィアムはようやく知った。


 ごめんなさい。


 謝りながら、セレフィアムは深い眠りの底へと沈んでいく。

 それは夢も見ない、深い深い眠りだった。











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