戦後
ダイナ・フーセの妻、イレイナは、弟が結婚して移り住んだ村へ、子どもを連れて引っ越して行った。
夫の事を思い出すソーリャで暮らすのは辛いのだそうだ。
ウォーダンは彼女が無事、村に着いて安全に暮らせるよう、兵士と神殿の女性を数人つけて送り出した。
イレイナは結婚前は神殿で治癒者の仕事をしていたため、暮らしには困らないだろうが、それでも土地に落ち着くまではと村にある神殿で当面は生活する事になっている。
数年前まで、ソーリャの神殿はソーリャにしかなかった。
しかし、災害で避難してきた民を受け入れ、彼らが生まれた町や村に復興のため帰ったあと、各地から神殿を建ててほしいと要望があったのだ。
救われたからという理由もあれば、ソーリャから結婚などで移り住んだ者がいたからでもある。
ソーリャの神官たちは魔法をよく使い、旧文明の医療もある程度ではあるが身につけていたため、治癒者としても優れており小さな町や村では重宝された。
血縁者が身近にいて、仕事もあるとなればいつかはイレイナも立ち直っていくだろう。
何より彼女はこれから、お腹の子を産むためにも泣き暮らしてはいられないのだ。
レノスは己の率いる侯爵軍へ戻り、何もなかったような振りをしてアスガレイドへ進軍して行った。
関係者の弱みを握ったとご機嫌で、開戦のさいには最前線で使い潰す気満々だ。
そして実際、軍の三分の一を消耗しながらも王城へ1番乗りを果たし、見事国王の首を討ち取った。
彼の率いていた侯爵軍以外はといえば、その多くが将を失い頭が挿げ替えられていたが、これも戦場の習いと誰も深くは考えなかったようだ。
戦後、アスガレイド王家は断絶、現王とその親族はみな処刑台へ上がった。
厳密に言えばウォーダンも王家の血を引いてはいるが、現在の王家とは縁が絶たれている。
それでも、王家の古い力をその身に蘇らせた証を持つ彼はアスガレイドの国民に熱狂的に受け入れられた。
祖父の追放は冤罪であり、善良であった彼を目障りだと感じた先代国王とその親族の仕業であるとは公然の秘密であったのだ。
その彼が孫とともに帝国へ渡り、孫は皇帝の養子となって戻ってきた。
しかも常勝不敗と言われるほどの力を持ち、ゴール大陸随一の都市、無防備都市ソーリャの都市王となって。
それはまるで英雄の絵物語のようであった。
人々はアスガレイド王国に多くの不満を持ち、それを解決してくれる何者かを待っていた。
そこへウォーダンが上手く嵌まったというわけだ。
ミッドガルシャ帝国皇帝はアスガレイド王国に勝利した事を聞いて喜び、リドルウッド侯爵家を、レノスが後を継いだ際、同時に公爵へと陞爵する事を決めた。
現リドルウッド侯爵、レノスの父は内心で歯軋りをしたが、要りませんとも言えない。
わずかに笑みを引き攣らせながらこれをありがたく受け入れた。
皇帝はどこまで知っているのか、終始ご機嫌であったそうだ。
そしてさらに皇帝はアスガレイドとソーリャを含むゴール大陸の支配地全てをウォーダンに与えた。
彼でなければアスガレイドとソーリャは治められない。
そのほかの地域なら孫に任せる事も可能だったが、碌な事をしそうになかったのでその考えは捨てた。
正妃の長男である皇太子にも、『奴らに権力を与える事はやめていただきたい』と眉間に深い皺を寄せながら言われていた事もある。
目の届かないところへやれば、浮かれて何をするか分からず、いっそ権力から遠ざけるのが最善であるとの辛辣な意見だ。
だが皇帝自身もその通りだと納得したため、ほとんどの彼の孫は飼い殺しの憂き目にあっている。
そうしてソーリャのみならずゴール大陸のほとんどを手に入れたウォーダンは、ゴール大陸の最高権力者となる。
「ここにいたのですか」
エドガーがウォーダンを探して聖女の間までやってきて、そこに彼の姿を見つけて声をかけた。
と言っても、式典の時間が近いのにウォーダンの姿が見えないとメイドたちが慌てていたのを見て、どこより先にこの場所へやって来たため、探し回ったというわけではないのだが。
そのウォーダンは透明な柱の中で眠りにつくセレフィアムを見上げ、静かな表情で言った。
「ソーリャを壊そうと思う」
「ご随意に」
にっこりとエドガーは答える。
ウォーダンは顔をしかめて振り向いた。
「少しは止めるかと思った」
「止めませんよ。どこまで壊すかは相談していただきたいところですが」
「結界はいずれ無くす。聖女のシステムはセレで最後だ。もう誰も犠牲にはしない」
「聖女システムとそれに関わるもの、ですね。賛成です」
眠るセレフィアムの表情は微笑んでいるようで、今にも目を開けて笑いかけてきそうなほどだ。
「もっと早く、戻って来られれば良かった」
「それを言うなら、もっと早くにわたしたちが破壊しておくべきでした」
ウォーダンはもう一度、柱の表面を撫でる。
どんなに目を覚ましそうに見えても、彼女はもう二度と目を覚まさない。
奇跡でも起きない限り。
そして都市機能を支配している彼には、これまでこの都市で起きた奇跡が奇跡ではないこと、奇跡などこの世には存在しないことが嫌というほど分かっていた。
「もう、行く」
それが自分に向けられた言葉でないことを理解していて、エドガーは何も返さなかった。
ただ、開いたドアをさらに大きく開けて、ウォーダンが通る道を作っただけ。
外の光が部屋に差し込んで、セレフィアムを照らす。
その光も、彼女を目覚めさせる事はできなかった。
これで第二部終了となります。
この後は、セレフィアムが第二部に出て来なかった理由を閑話で1話書いて、第三部スタートです。
どうぞよろしくお願いいたします。




