面倒ばかりが
面倒な事ばかりが多すぎる。
ウォーダンは部下とともに議員たちを待たせている別室へと向かった。
議員たちからは様々な要望が上がってきていたが、うち一件は議員が直接面会に来ているという。
それは議員の地位を失った人物の処遇についてだ。
ソーリャが落ちたその日、都市からいち早く逃げ出そうとした者たちがいる。
だがその全員が脱出に失敗した。
中でも特筆すべきは議長であるアラゴン・リードだろう。
彼は都市の地下にある非常用の脱出口を使って、愛人とともに逃げようとした。
使ったのは議員たちに与えられている自動走行する自動車だ。
自動車を運転する技術は彼らにはない。
結果、気持ち良く進み続けた自動車は途中で反転して地下通路の入り口で待つ帝国軍の前で止まった。
彼は家族を捨てて若い愛人とともに捕らえられるという失態を犯し、議会だけでなく一族からも見捨てられた。
それはいい。
身勝手な人間がその行為の結果を受けただけだ。
だが、議員たちはさらにそれ以上のものを求めている。
アラゴン・リードとその愛人を死刑にしろ、と言ってきているのだ。
罪状は都市を見捨てた罪。
バカバカしい。
新しく議長になったアラゴンの息子が先頭に立って父の罪を追及しているが、ただ己の母を軽んじた復讐をしたいだけだろうと思われた。
それ以外にも父に生きていられると邪魔だとか、愛人とその子どもがいると遺産の分け前が減るとか、まあ色々あるのだろうが。
だがそんな他人には関係のないどうでもいい事を、さも重要なことであるかのように公の仕事にするのはいかがなものか。
自分で片をつけるのが嫌だから、理由をつけて人にやらせようとしているようにしか見えなかった。
神殿内の別の会議室には3人ばかりの議員が待っていた。
その全員が、好意的とは思えない冷めた目でウォーダンを見つめる。
「アラゴン・リードの件だと聞いたが」
「はい。我が父アラゴンはソーリャが重大な局面を迎えている最中に、人々をまとめる地位にありながら都市から逃げ出そうとしていました。責任ある立場としてあってはならない事です。これを放置すれば議会の信頼が揺らぎかねないとわたし達は考えました。そこで、アラゴンを処刑する事で民に謝罪としたいのです」
「普通、こういったことは裁判が行われるものではないのか?」
「今、ソーリャは帝国の支配下にあります。この状況で裁判など必要ないかと」
どことなく小馬鹿にしたような物言いだ、とウォーダンは視線を彼らから外して考え込む振りをした。
帝国が裁判を行わずに要人の首を切る、それも死刑にする、などと本気で考えているのだろうか。
もしやこれは遠回しに侮辱されているのではないだろうかとウォーダンは目を閉じた。
『議会の連中は、どういうわけか話していると殺したくなるので気をつけてくださいね。せっかくの評判が台無しになりますから』
笑顔でそう言ったエドガーの声が蘇る。
「愛人も一緒にと書いてあったが」
「当然です。我がソーリャは一夫一妻制。風紀を乱すような真似をする者を見逃しにしては示しがつきません」
「なるほど」
ご立派なことだ、とウォーダンは目の前の人物たちの素行調査を都市機能に命じた。
「他のお2人だけでなく、他の議員の方々も同じ考えという事か?」
「もちろん」
「当然です」
都市機能を掌握しているというその詳細が、彼らには分からない。
聖女達はみな、それを気取られないよう慎重に行動していたようだが、ウォーダンにはそのつもりは全く無かった。
むしろ積極的に情報を知らせていって、他人に四六時中監視されて行動を把握されている不快感を味わい、その不快さを結界の便利さと秤にかけて考えてほしいのだ。
本当に結界はそれほどに必要なものなのか。
「言いたい事は理解した。風紀を乱す者の処分は確かに必要だな。だが愛人のほうは関係無いのではないか? 権力者に命じられたら弱者の立場ではどうにもならないだろう」
「誰かに助けを求めるなど、何か手はあったはずです」
「なるほど。では子どもはどうする。確かまだ2歳かそこらのはずだ。まだ母親が必要な年だ」
顔色も変えずさらりと言ったのは、リードとは別の議員だ。
「一緒に死刑にしては?」
もう1人が追随する。
「生き残るよりは哀れではないかもしれませんな」
うんうんとうなずく議員の言葉に、ウォーダンはエドガーの言葉を何度も頭の中で繰り返す。
「いやそれはいくらなんでも可哀想だ。追放ぐらいでいいのでは?」
微笑みながら言ったのはアラゴンの息子のリード議員。
ウォーダンはここで茶番に気がついた。
「追放。しかし2歳の子どもを追放などどうやってするつもりだ」
「愛人には家族がいたようですから、それと一緒に。家族が嫌がれば、仕方ありません。奴隷商人にでも売るとしましょう」
嫌な笑みだ、とウォーダンは表情を変えずに思う。
帝国にはまだ奴隷制度が堂々と残っている地域がある。
おそらくそれを揶揄しているのだろう。
「そうだな、街の風紀を乱した罪は重い。罪状を並べて広く伝え、アラゴン・リードは死刑、子どもは都市から追放することとしよう」
「さすがは都市王様です」
「しかし愛人はどうされるので?」
「実際に愛人だったかどうか判明した後に考える。で?」
「はい?」
「で、とは?」
「俺は忙しい。そんな事で面会の申請をしたのか?」
「いや、そんな事などと」
「これは重要な事で」
自分たちが会いたいと言えば、相手はすぐさま時間を作るのが当たり前。
自分たちの用件以上に重要な事などない、といった考えが見て取れてウォーダンは苛々と立ち上がった。
「次からは許可なく押しかける事は控えろ。さっきお前たちが言った通り、ここはもう帝国の支配下だ。お前らの身分など無いも同然。今まで通りに物事が通用すると思うな」
それに議員たちは怒りをあらわに何事か返してきたが、ウォーダンはそれを聞く必要も感じずに部屋を出た。
「次からは門で追い払え」
「了解しました」
会う必要もないが、もしや書面で出してきた以外に何かあるのならと思ったが、全くもって無駄な時間だった。
アラゴンの次は彼ら自身を風紀の乱れを理由に始末してやろう。
自分たちが言い出したのだから嫌とは言うまい。
腹立ち紛れにそんなことを考えていると、ふいに何もかもが馬鹿らしくなった。
なぜこんなところでどうでもいい連中を相手にどうでもいい仕事をしている。
目的は消えてなくなった。
セレは死んだ。
いや、正確には死んではいないが、もう目覚めることはない。
ただ生きて明日を迎えるためだけに目の前の作業を片付ける。
生きている理由はなんだ。
明日、何をすればいい。
セレフィアムを失った事で、ウォーダンは考えなくてもいいそんな事を考えるようになっていた。




