雑事
「タルタロス・イーディオ、レイシャス・ロイマン、エリオット・カルディナ。以上3名とその部隊の副隊長は軍規違反で死刑。部隊は解体して100名ずつ別の部隊へ配属とする」
縄を打たれ、目の前に引き出されて跪かされている男たちを相手に、無感情に淡々と告げる。
それに慌てて声を上げたのは伯爵家のタルタロス・イーディオだ。
「待て! 待ってくれ! それはあんまりだ、こちらの言い分も聞いてくれ!」
ウォーダンはそれを煩わしげに見やると静かに問うた。
「なぜだ」
本来なら訊く必要もないことだ。
だがここでの全てを記録して本国へと送り、それにより皇帝の仕事がしやすくなるか否かが決まる。
なら、少しばかりウォーダンが我慢してやるのは仕方がない。
それでも腹は立つのでつい言った。
「なぜ聞かねばならん」
「なぜ、だと!? それはわたしがイーディオ伯爵家の人間だからだ! 長きに渡り皇帝に仕え、この度因縁のゴール大陸への派遣にも選ばれた。我らの貴き血の前に、全ての者が配慮して道を譲るのも、我らの言葉を聞き従うのも当然の事だろう!」
ウォーダンは表情を変えず、ちらりと秘書官のほうを見た。
秘書官はさらさらと文字で記録を取り、そしてその側では無人機が浮かんで映像を記録している。
これさえ無ければ蹴り飛ばしてやったのに、と残念に思いながら前を向いた。
イーディオ伯爵家他2家の部隊がソーリャにたどり着いたのは昼を過ぎてからだ。
よほど兵を急がせてきたのか、馬にも人にも疲れが見える。
誰より先にソーリャに入り、支配権を奪おうという魂胆だろう。
その作戦は決して悪いものではない。
だがそれはソーリャを皇帝から与えられる約束になっている人物、しかも軍のトップがおらず、命令を出していない状況なら、だ。
今回の派兵には他にも多くの貴族家があり、伯爵家のみならず侯爵家までが含まれている。
さすがに公爵家が主戦派につかなかったことに皇帝は安堵していたが、いたとしても処分する方針は変わらなかっただろう。
彼らは、動かない家があるという事をもう少ししっかりと考えるべきだったのだ。
糧食の補給も整えず、ソーリャへ行けばなんとかなると出発した彼らは、そのソーリャで結界に阻まれて前へ進めなくなった。
中へ入れろと騒ぐ彼らに告げられたのは、そのままアスガレイドへ進軍しろ、という命令だ。
待機命令を無視したのだから、さっさと目標へ向かえ、と。
物資の補給が必要だと言えば、なぜ準備をせずにやってきたのかと訊かれる。
どちらにしても、1万近い兵と軍馬を含む部隊の補給はここではできない、進むか戻るか選べと言われ、彼らはソーリャを襲う事を選んだ。
簡単に落とせた街だ。ならば自分たちでも簡単に落とせるだろう。
そう思ったのだ。
その結果、捕らえられ、縄を打たれて惨めに跪かされている。
「話にならんな。なぜソーリャを襲った。警告はしただろう、攻撃を続けるなら命令違反で命はないと」
「それは……」
アスガレイドへ行くよりソーリャのほうが魅力的だったから。
わざわざ戦争をしなくても、貴い血を持つ自分たちの命令を、ゴール大陸から逃げてきた血筋もあやふやな皇帝の養子はありがたく受け入れると信じたのだ。
彼ら3人にはろくな従軍の経験はなく、せいぜい領地で多くの有能な兵に守られて後ろでふんぞり返っている程度だ。
だから、皇帝の養子もアスガレイドへの進軍をより正当化させるための存在で、戦功も箔付にでっち上げられたものに違いないと思っていた。
ソーリャは、情報によればまだ子どもだった聖女が跡継ぎになって以来、あちこちで問題が起きているという。
運良く結界が壊れたのだろう。
そう思った。
まさか結界が作動しているなど思いもよらなかったのだ。
なぜこうなった、とぎりりと歯噛みするタルタロス。
だが本当に悔しいのは、彼の巻き添えで全てを失うイーディオ家だろう。
そしてもちろん、ロイマン家とカルディナ家も。
「連れて行け」
ウォーダンが命じると、タルタロスは取り乱したように立ちあがろうとした。
「待ってくれ! 二度としない、アスガレイドへ行く、必ず勝ってみせる! だからどうか、どうか命は……やめろ、まだ話してるんだ! わたしを誰だと思っている! 伯爵家の人間だぞ! お前らなどとは比べものにならないほど貴いのだ! くそっ、離せ!」
騒がしい一団がいなくなると、ウォーダンはため息をついた。
「将軍閣下、神官殿がお見えです」
そう言った部下の後ろには、エドガーがにこにこと笑いながらいる。
手には紫の服が畳まれていた。
「お忙しそうですね。ですがそろそろ、神殿の用も片付けてくださると嬉しいのですが」
手に持っているのは真新しい紫の神官服だ。
ソーリャでは最も能力の高いものが神殿の最高位につく。そのためエドガーは、ウォーダンに1日も早くその地位を譲ろうと日参していた。
常に笑顔で落ち着いた物腰の、押しの強いこの神官がウォーダンは嫌いではないが少し苦手だった。
「今は神殿のための儀式などやっている暇はない」
眉をひそめ、迷惑そうに言ってやるが、相手は一向に気にした様子がない。
「神殿のためではなくあなたのためですよ。紫の神官位は、最も魔力の強い者、扱いに長ける者、ソーリャの神殿の最高位に相応しいだけの実力を持つ者に与えられます。あなたが都市王である理由を補強するひとつの理由になるのですよ」
「分かっている、だが今は無理だ」
「ではまた明日来ましょう。神殿の準備は整っています。急ぎ引継ぎを行うことで、市民の間に残る不満も消えるでしょう。よろしくお願いしますよ」
「分かった分かった」
次から次へとやるべき事は山積みだ。
次の書類を取り上げて、そこにソーリャ議会からの嘆願やら進言やらが書かれているのを見、ウォーダンは顔をしかめて立ち上がった。




